シークレット―世界は守れますが、恋の仕方はわかりません―

「梨来さんって、恋愛したことないんですか?」

「え?」

 唐突な質問だった。

 梨来は瞬きをする。

「恋愛?」

「はい」

「んー……」

 考えてみる。

 恋愛。

 もちろん知っている。

 誰かを好きになって、付き合ったり、別れたり。

 ドラマでも漫画でも小説でも、何度も見てきた。

 学生たちから相談を受けることだってある。

 けれど。

 自分自身が誰かを好きになったことは――。

「ない、かなぁ」

「ええっ!?」

 思った以上に大きな声が返ってきた。

「そんなに驚く?」

「驚きますよ! 梨来さん二十七ですよね!?」

「二十七だよ?」

「彼氏いたことも?」

「ないよ?」

「好きな人は?」

「いないねぇ」

「初恋は!?」

「……それもないかも」

「嘘ぉ!?」

「希美ちゃん、声」

「あ、ごめんなさい」

 希美が慌てて口元を押さえる。

 梨来はくすっと笑った。

 どうやら、かなり珍しいことらしい。

「でも、困ったことないよ?」

「そういう問題じゃないんです!」

「そうなの?」

「恋愛って楽しいですよ!」

「さっきまで友達が彼氏と揉めてる話してなかった?」

「それとこれとは別です!」

「また別なんだ」

「その別は普通の別です!」

「……ますます難しいねぇ」

 希美がとうとう吹き出した。

 梨来もつられて笑う。

 こんなふうに学生の話を聞く時間を、梨来は嫌いではなかった。

 むしろ、好きだった。

 履修の相談をされることもある。

 友人関係の愚痴を聞くこともある。

 サークルで困ったことがあったと駆け込んでくる学生もいる。

 最初は事務的な質問だけだった。

 それがいつの間にか、

「梨来さん、ちょっと聞いてください!」

 から始まる話のほうが増えていた。

「とにかく!」

 希美が人差し指を立てる。

「『別に』って言われたからって、そのまま受け取っちゃ駄目な場合があるんです」

「場合がある」

「はい」

「どうやって見分けるの?」

「そこは雰囲気で」

「雰囲気……」

「声とか、顔とか、間とか!」

「難易度高いねぇ」

「慣れです!」

「練習するものなの?」

「梨来さんも好きな人できたら分かりますって」

「そうかなぁ」

「分かります!」

 希美は自信満々だ。

 梨来は、そんな彼女を見ながら笑った。

「じゃあ、そのときは希美ちゃんに聞くね」

「任せてください!」

「先生だねぇ」

「恋愛だけなら梨来さんより先輩です!」

「頼もしい」

「じゃ、私そろそろ行きます!」

「うん。またね」

「はい!」

 希美が事務室を出ていく。

 梨来はその背中を見送った。

 そして。

「……『別に』は、別にじゃないことがある」

 忘れないように小さく呟いてみる。

 少し考えて。

「やっぱり分かんないなぁ」

 首を傾げた。