シークレット―世界は守れますが、恋の仕方はわかりません―

 旧棟の一番奥。

 そこに。

 古い資料室はあった。

 扉には。

 小さなプレート。

『資料室』

 それだけ。

 直充は片手でドアを開けた。

「……暗いな」

 壁を探り。

 スイッチを押す。

 ぱち。

 一瞬遅れて。

 蛍光灯が点いた。

 明かりはあるのに。

 部屋全体が、どこかくすんで見える。

 古い棚。

 積み重ねられたファイル。

 黄ばんだ紙。

 年代の分からない冊子。

 大学の広報誌。

 卒業アルバムらしき厚い本。

 時間そのものが。

 この部屋だけ、ゆっくり溜まっているようだった。

 直充は辺りを見回した。

 こういう場所は。

 嫌いではない。

 静かだし。

 昔のものが残っている場所には。

 妙な重みがある。

 自分が生まれる前にも。

 ここには誰かがいて。

 笑ったり。

 悩んだり。

 何かを残したりしていた。

 古びた背表紙が並ぶ棚を見ていると。

 少しだけ。

 そんなことを考える。

 直充は抱えていた箱を空いている棚の前へ置いた。

「ここでいいか」

 箱の中身を確認する。

 古いサークル関係の記録。

 大学祭のパンフレット。

 設備申請書の控え。

 写真。

 一つずつ。

 種類ごとに分けていく。

 その途中。

「……ん?」

 一番下に。

 紙ではないものがあった。

 小さな木箱。

 手のひらより少し大きい。

 濃い茶色。

 角が擦れている。

 かなり古そうだった。

「何だこれ」

 直充は木箱を持ち上げる。

 蓋には。

 何も書かれていない。

 大学の備品を示すシールもない。

 管理番号も。

 所有者の名前も。

 ない。

 少し迷う。

 勝手に開けるべきではない。

 けれど。

 資料として整理するなら。

 中身が何なのか確認しなければならない。

「……確認だけ」

 蓋へ指をかける。

 固い。

 少し力を入れると。

 きい。

 小さな音を立てて。

 蓋が開いた。

 中には。

 黒ずんだ布が敷かれていた。

 その中央に。

 一つ。

 時計が置かれている。

「…………」

 懐中時計。

 だった。

 金色の縁。

 表面は少しくすんでいる。

 装飾は派手ではない。

 古いものにしては、不思議なくらい簡素だった。

「時計……」

 直充はしばらく眺めたあと。

 手を伸ばした。

 指先が触れる。

 ひやり。

「……冷たい」

 金属だから。

 それだけだ。

 時計を持ち上げる。

 見た目より。

 少し重い。

 掌に乗せ。

 蓋の縁に爪をかける。

 ぱちん。

 蓋を開く。

 文字盤。

 細い針。

 数字。

 見た目は。

 普通の時計だった。

 耳へ近づける。

 かち。

 かち。

 かち。

 小さな音がしている。

「…………」

 耳から離し。

 文字盤を見る。

 音はしている。

 けれど。

 針が動いているようには見えない。

「壊れてるのか?」

 もう一度。

 耳へ近づける。

 かち。

 かち。

 やはり。

 音はする。

「…………」

 変な時計だ。

 直充は眉を寄せた。

 何気なく。

 時計を裏返す。

「……何だ?」

 細い文字が刻まれていた。

 指で表面の埃を拭う。

『未来を変えるのは過去』

「…………」

 未来を。

 変えるのは。

 過去。

「……逆じゃないのか」

 普通なら。

 過去が未来を作る。

 それなら分かる。

 けれど。

『未来を変えるのは過去』

 当たり前のようで。

 少し違う。

 直充は親指で刻印をなぞった。

 誰が。

 何のために。

 こんな言葉を刻んだのか。

 少しだけ。

 知りたいと思った。