シークレット―世界は守れますが、恋の仕方はわかりません―

「先生」

「ん?」

「俺、行きますけど」

「あ、うん」

 直充が歩き出す。

 数歩進んだところで。

 梨来はふと思った。

「あ、直充くん」

 呼ぶと。

 直充が振り返った。

「はい」

「昨日のね」

「昨日?」

「私が言いかけたこと」

「ああ」

 覚えていたらしい。

 梨来は口を開く。

 今度こそ。

「私――」

「梨来さーん!」

「…………」

 廊下の向こうから。

 聞き慣れた声が響いた。

 梨来はゆっくりそちらを見る。

 希美が手を振りながら走ってくる。

「梨来さん、ちょっといいですかー!」

「…………」

 また。

 梨来は直充を見る。

 直充も梨来を見る。

「呼ばれてますけど」

「うん……」

「じゃあ」

「あ」

 直充は軽く会釈して、そのまま歩いていく。

 梨来は遠ざかる背中を見送った。

 そこへ希美がやってくる。

「梨来さん?」

「んー?」

「どうしたんですか?」

「また言えなかったなぁと思って」

「何をですか?」

「こっちの話」

「?」

 希美が首を傾げる。

 梨来はもう一度。

 直充が消えた廊下の先を見る。

 初めて話したとき。

 次に会うかどうかも分からないと思っていた。

 なのに。

 昨日から。

 何度も会っている。

「直充くん、かぁ」

「え?」

「ううん」

 梨来は小さく笑った。

 真面目そうで。

 妙なところで気がついて。

 困っている人がいると、当たり前のように手を貸す。

 それなのに。

 人の名札は、ちゃんと見ていないらしい。

 だったら。

「……もう、いいかな」

「何がですか?」

「なんでもない」

「さっきからそればっかりですよ?」

「そう?」

「そうです!」

 希美が不思議そうに梨来を見る。

 梨来は、ふふっと笑った。

 先生ではないことは。

 もう訂正しなくていいことにした。

 そのうち。

 直充のほうが気づくだろう。

 ――まあ、そのうち気づくよねぇ。

 そう思って。

 梨来は希美と一緒に、廊下を歩き出した。