シークレット―世界は守れますが、恋の仕方はわかりません―

「…………」

 梨来はその場で立ち尽くした。

 別に。

 まただ。

 昨日からやたら聞く。

 梨来は直充の背中を見つめる。

 今の『別に』は。

 どっちだろう。

 別にじゃない『別に』?

 普通の『別に』?

「…………」

 考えて。

「分かんない」

 結局、それだった。

 そのまま歩き出そうとして。

 直充がこちらに気づいた。

 一瞬、目が合う。

 直充が足を止めた。

「先生」

「……あ」

 また。

 今だ。

 今なら言える。

「あのね、私――」

「さっきはありがとうございました」

「え?」

「申請の件」

「ああ。うん」

「あの部屋で大丈夫でした」

「よかった」

「じゃあ」

「あ、待って」

 直充が止まる。

「はい」

「私ね」

「はい」

 梨来は言おうとした。

 私は先生じゃなくて。

 事務員で――。

「あっ、直充!」

 遠くから声が飛んできた。

 直充が振り返る。

 一人の男子学生がこちらへ走ってくる。

「悪い、待った?」

「いや」

「部屋取れた?」

「取れた」

「マジ? 助かった」

 男子学生はそこで梨来へ気づいた。

「あ、すみません」

「ううん」

 梨来が笑う。

「じゃあ行くか」

 直充が言う。

「先生、何か言いかけてませんでした?」

「あー……」

 梨来は少し迷った。

 二人ともこちらを見ている。

 ここで、

『実は先生じゃありません』

 と改めて言うのも。

 なんとなく。

 すごく変な気がしてきた。

「……なんでもないよ」

「そうですか」

「うん」

「じゃあ、失礼します」

「はーい」

 二人が歩いていく。

 梨来はその場に残った。

「…………」

 また。

 言えなかった。

「まあ、そのうち気づくよねぇ」

 大学には教員も職員もたくさんいる。

 少し調べれば分かることだ。

 名札だってつけている。

 むしろ。

 どうして今まで気づいていないんだろう。

 梨来は自分の胸元を見る。

 名札には。

 大学の名前と、自分の名前がきちんと書かれている。

「…………」

 そこまで見ていないのかもしれない。

 真面目そうなのに。

 変なところで抜けている。

 少し面白くなって。

 梨来はふっと笑った。