シークレット―世界は守れますが、恋の仕方はわかりません―

 その日の夕方。

 梨来は学内の別棟へ向かっていた。

 資料の受け渡しを頼まれたためだった。

 空はまだ明るい。

 けれど、昼間より学生の数は少なくなっていた。

 講義を終えて帰る学生。

 サークルへ向かう学生。

 ベンチに座って話している学生。

 梨来は歩きながら、何気なく周囲を見る。

 こういうとき。

 仕事中の梨来と。

 エージェントとしての梨来は。

 完全には切り離せない。

 誰がいる。

 どこにいる。

 何をしている。

 不自然な動きはないか。

 意識しなくても、視界へ入った情報を拾ってしまう。

 長年の癖だった。

 だから。

 少し先で、一人の女子学生が困ったように立ち止まっていることにも気づいた。

 その足元には、紙が何枚も散らばっている。

「あ」

 風が吹く。

 さらに一枚。

 紙が道路脇へ飛んでいった。

「待って!」

 女子学生が追おうとする。

 けれど。

 両腕にはすでにファイルと鞄を抱えていて、うまく動けない。

 梨来がそちらへ向かおうとした。

 その前に。

 誰かが飛んでいった紙を踏んだ。

 正確には。

 踏みつけたのではなく。

 靴の先で軽く押さえた。

「これ?」

「あ、はい!」

 聞き覚えのある声。

 梨来は少し離れた場所で足を止めた。

 黒髪。

 眼鏡。

 背の高い男子学生。

 さっきの。

 直充だった。

 直充は紙を拾い上げると、女子学生へ渡した。

「ありがとうございます!」

「他にも落ちてるけど」

「え?」

 女子学生が振り返る。

 植え込みの近く。

 ベンチの下。

 少し離れた通路。

 紙が三枚ほど散っている。

「うわっ」

「持ってて」

「え?」

 直充は女子学生が抱えていたファイルを受け取った。

 そのまま散った紙を拾っていく。

 走るわけでもない。

 慌てるわけでもない。

 ただ。

 風向きを見て。

 飛びそうなものから順番に拾う。

 最後の一枚がまた風に煽られた。

 直充は少し先へ回り込む。

 紙が足元へ滑ってきたところで拾った。

「これで全部?」

「あ……たぶん」

「枚数分かる?」

「十二枚です」

 直充が紙を揃える。

「十二」

「よかったぁ……!」

「クリップしたほうがいいよ」

「あ、あります」

 女子学生が慌てて鞄を探る。

 その間も直充は紙を持って待っていた。

 やがてクリップで留め終えると。

「本当にありがとうございました!」

「別に」

 直充はそう言って、ファイルも返した。

 そして。

 何事もなかったように歩き出す。