
誠星大学の昼休み。
「梨来さーん!」
名前を呼ばれて、梨来はパソコンから顔を上げた。
「んー?」
事務室の入口から顔を覗かせていたのは、見慣れた女子学生だった。
希美。
梨来を見つけるなり、ぱっと表情を明るくする。
「今、ちょっといいですか?」
「いいよぉ。どうしたの?」
「聞いてほしいことがあって!」
「うん」
梨来が椅子を少し引くと、希美は待ってましたといわんばかりに近づいてきた。
こういうことは、珍しくない。
梨来は二十七歳。
誠星大学の事務員として働いている。
職員の中では比較的若く、学生たちとも年齢が近い。
それに加えて、色白で、ふわふわとした髪に、柔らかな顔立ち。
話し方までおっとりしているからか、学生からは妙に警戒されない。
以前、通りすがりの学生が、
「梨来さんって、なんかぬいぐるみみたいだよね」
と言っているのを聞いたことがある。
褒められたのかどうかは、いまだによく分かっていない。
「それで、今日は何のお話?」
梨来が尋ねると、希美は少しだけ声を落とした。
「友達の彼氏の話なんですけど」
「希美ちゃんじゃなくて?」
「友達です!」
「そっかぁ」
「なんでちょっと残念そうなんですか」
「希美ちゃんの恋愛相談、まだ聞いたことないから」
「そのうちします」
「楽しみにしてるねぇ」
「楽しみにされるものなのかな……」
希美が苦笑してから、気を取り直したように梨来を見る。
「昨日、友達が彼氏と電話してたらしいんですよ」
「うん」
「なんか彼氏の様子が変だったから、『怒ってる?』って聞いたんですって」
「うんうん」
「そしたら彼氏が、『別に』って」
「……別に?」
「そうなんです」
梨来は少し考えた。
「じゃあ、怒ってなかったんじゃない?」
「梨来さん!」
「え?」
「こういうときの『別に』は、別にじゃないんですよ!」
「……そうなの?」
「そうです!」
断言された。
梨来は目をぱちぱちさせる。
「でも、別にって言ったんだよね?」
「言いました」
「だったら別にじゃないの?」
「違うんですって!」
「難しいねぇ……」
本気で分からない。
希美はそんな梨来を見て、呆れたような、それでいて面白がっているような顔をした。



