ごめんなさいと、いってほしかった。





「の、乃々花……っ!」




 翌々日の朝、わたしが登校した直後。



 由実が悲痛な声を出して、隣のクラスであるわたしに駆け寄ってきた。


 わたしは突然のことに驚きつつも、ただ事じゃないと悟る。




「どうしたの、由実?」


「乃々花は、聞いたっ……?」




 質問に噛み合わない返答に、わたしはとりあえず当然のことを訊く。




「聞いたって、なにを」



「先輩がっ……」




 わたしの言葉を遮って、由実はほとんど叫ぶようにして言った。





「――赤城先輩が、昨日、吹部の先輩と付き合ったって……!」





 うそだ。


 いちばん最初に、わたしはそう思った。



 だって……




「あ、赤城先輩は、わたしの告白に、まだ答えてくれてないよ?あんなに誠実な先輩に限って、そんな状態で誰かと付き合うなんてありえない……デマだよ。そうに決まってる」




 興奮のあまり早口になるけれど、セーブができない。


 由実は切なそうな瞳を揺らして、わたしをまっすぐに見つめた。




「でも、みんないってるよ……?わたしも見た。先輩たちが、すごく親しそうにしてたとこ」


「だけどっ……」


「うん。これだけじゃ、ふたりが付き合っている証明にはならないよね」




 由実が続ける。




「でもね、きっと実際に見たらわかると思うの。それくらい、特別な空気だったから」




 由実を疑いたくない。


 だけどね、信じたくないの。



 わたしは、とっさに駆け出した。先輩の姿が見たかった。




「乃々花待って!むりだよ!もうすぐ授業がはじまっちゃう!」


「授業なんて、どうでもい――」


「どうでもよくないっ!」




 いつも温厚な由実に一喝されて、わたしの足はぴたりと止まった。




「わたしに、乃々花の気持ちはわかんないよ。だけど、お願いだから授業に出て。だって、いっときの感情に任せてサボってしまえば、乃々花はあとで自責の念にかられてしまうと思うの。どうしてこんなことしちゃったのかな、って。そうしたら、乃々花が一度にふたつの悲しさを味わわなきゃいけない……そんなとこ、見たくない」




 わたしのエゴでごめんね、と由実は言った。


 親友の真剣な言葉を聞いて、わたしはすっかり先輩のもとへ行く気を失っていた。


 それと同時に、由実への申し訳なさが湧き出てくる。




「……わたしこそ、由実を心配させるような真似してごめん」


「謝らないで。……それで、これからどうするの、乃々花?」


「今日の部活で、訊いてみようと思う……いまの話が、ほんとうのほんとうなのか」




 正直にいえば、いまは完全には信じられない。


 信じられないけど、由実の言葉に嘘や勘違いが混ざっているとも、考えられない。


 だから、この目で、この耳で、確かめたかった。




「わかった。でも、これだけは約束してほしいの……」


「なに?」


「絶対に、なにがあっても自分を責めないでね?乃々花は、なにも悪くないから」




 どこまでもわたしのことを考えてくれる親友の目を見て、こくりと頷いた。




「わかった。……気をつけるね」


「絶対だよ。ほんとのほんとに、約束だよ」




 大丈夫だよ、由実は心配性だなあ、なんて軽口を叩いて、わたしは笑った。


 由実がもう一度念を押そうとしたそのとき、チャイムが鳴る。



 由実に手を振り教室に戻ると、重たい溜め息を吐き出して机に突っ伏した。




「部活、やだなあ……――」




 ……だけど行かなくちゃ。


 現実から逃げたって、いいことが起こるわけでも、現実が変わるわけでもない。




 由実の勘違いであることを切に願って、わたしは部活までの時間を過ごした。