不完全な僕達は。


季節は巡り、容赦のない日差しが照りつける夏がやってきた。
校庭から聞こえるセミの鳴き声とは対照的に、図書室の中は冷房が心地よく効いていて、ひんやりと涼しかった。

美優はいつも通り、お気に入りの小説を胸に抱え、あの秘密基地へと足を運んだ。誰もいない、自分だけの静かな空間でゆっくりと物語の世界に浸ろう――そう思って背の高い本棚の隙間に滑り込んだ瞬間、美優は息を呑んで足を止めた。

思いがけない先客が、そこにいた。

「……え?」

美優は藤色の瞳を丸く見開いた。
古い木製の書棚に背中の大半をもたれかけさせ、地べたに座り込んだまま、伊澄先生がすやすやと眠りについていたのだ。

少し癖のある茶髪が額に落ち、いつも美優を見つめてくる優しい切れ長の目元は、今は優しく閉じられている。

優等生の美優なら、授業をサボってこんな場所で眠る教師を咎めるべきなのかもしれない。彼女は少し慌てて先生の傍らにしゃがみ込むと、その細い肩をそっと揺り動かした。

「伊澄先生〜?ちょっと起きてくださ〜い。大の大人が、こんな所で寝てたらいけないですよ~!」

少し大きめの声をかけてみるものの、先生はうっすらと身じろぎをするだけで、なかなか起きる気配がない。相当疲れが溜まっているのだろうか。規則正しい静かな寝息が、狭い隙間に小さく響くだけだった。

起こすのを諦め、美優はそっと手を引いた。
そして、間近で見る伊澄先生の「初めての寝顔」に、ドクドクと心臓がうるさく自己主張を始めるのを感じていた。

「伊澄先生……、まつ毛、綺麗だなあ……」

ぽつり、と誰に届くでもない言葉が唇から溢れた。
普段の頼りない担任教師の姿からは想像もつかないほど、無防備な顔をしている。いつもはきっちりと締められているネクタイは少し緩められ、そこから覗く白い首筋が、妙に男性的で、生々しい。

美優はごくりと唾を飲み込んだ。
冷房の効いた涼しい部屋のはずなのに、身体がじわじわと熱くなっていく。美優の藤色の瞳は、いつしか淡い熱を孕んだ目線へと変わり、吸い寄せられるように先生の寝顔をじっと見つめ続けていた。

その、熱い視線に気づいたわけではないだろうが。
伊澄先生の長い睫毛が、微かに震えた。

「ん……」

小さく声を漏らし、先生がゆっくりと瞼を持ち上げる。
数秒の空白の後、焦点の合った彼の黒い瞳と、美優の視線が、至近距離でばちりとかち合った。

「あ……っ!」

心臓が跳ね上がる。美優は耳まで一気に真っ赤に染め上げ、弾かれたように身を引こうとした。

「ごめんね、先生っ! 起こすつもりじゃ――」

逃げるようにその場を離れようとする美優。