ソラはまだ空を知らない

その日の実習。
ミッションは拠点防衛。
玲奈司令が大型スクリーンへ市街地図を表示した。
中央に青い六角形。私たちが守る通信管制施設。そこへ北、東、西の三本の道路が伸びている。
「防衛時間は四十分。施設の耐久値がゼロになった時点で失敗です」
「四十分かあ」
「想定される敵は四種類」
画面の端に、敵のモデルが順番に並んだ。
最初は四脚型。黒灰色の低い胴体から、節の多い四本脚が外側へ張り出している。地面へ貼りつくように走り、腹部の短砲身から近距離射撃をばら撒く突撃型。
次は人型。AFより一回り小さい角張った機体で、長銃と片刃の近接武装を持つ。射撃のふりから急に踏み込んでくる、私が一番「性格悪い」と思っているやつ。
飛行型は薄い翼を後ろへ反らせた細身の機体。胴体中央の赤いセンサーを光らせ、左右の小型推進器を別々に噴かして、空中でほとんど直角みたいな方向転換をする。
最後が砲撃型。背中に長い砲身を背負った重い機体で、前線へ出ず、建物越しに防衛施設を狙ってくる。
「特に砲撃型を追う時は、防衛圏から離れすぎないこと」
玲奈司令の視線が、まっすぐユイナへ向いた。
「……何で私を見るのよ」
「心当たりがあるなら気をつけなさい」
「ないわよ」
「ある」
私とカイの声が重なった。
敵は三方向から来る。
いつものユイナなら、一番数が多い方向へ真っ直ぐ突っ込む。
『第一波、接近』
正面モニターの奥、崩れた交差点の向こうから黒い影が這い出してきた。
最初に見えたのは四脚型。四本の脚を交互ではなくほとんど同時に蹴り、蜘蛛というより金属製の獣みたいな低い姿勢で道路を駆けてくる。脚がアスファルトを叩くたび、細かな破片が跳ねた。
その頭上を、三機の飛行型が滑る。薄い翼の下で推進光が瞬き、一機が上昇したと思った次の瞬間には別の一機がビルの陰へ潜り込む。
「うわ、ちゃんと全部来た」
『来るって説明されたでしょ』
「説明されたのと実際見るのは違う!」
「ユイナ、待って!」
『まだ何もしてない!』
「操縦桿前に倒したでしょ!」
『何で見えてるのよ!?』
「雰囲気!」
『雰囲気で止めるな!』
カイの声が入る。
『右、七機。左、四機。中央、十二』
「ユイナは中央」
『分かってる!』
「ただし、カイが二機落としてから」
『何で!?』
『射線を作る』
乾いた射撃音。
遠距離から二機の赤いマーカーが消える。
『今』
「行っていいよ!」
『最初からそう言いなさい!』
ユイナのAFが飛び出した。
速い。
私より直線速度だけなら上かもしれない。
一機。
二機。
三機。
次々に敵が落ちる。
「そこまで!」
『まだいる!』
「戻る!」
『あと一機!』
「その一機追っていつも壊してるんでしょ!」
『……っ!』
一瞬。
ユイナの青いマーカーが止まった。
敵が後退する。
いつもなら追う。
でも。
『……了解』
戻ってきた。
「おお」
『何よ』
「止まれた」
『馬鹿にしてる!?』
『次、左』
カイ。
「了解!」
『私が先!』
「だから待って!」
そんなことを何度も繰り返した。
ユイナが突っ込む。
私が止める。
カイが安全な射線を作る。
またユイナが突っ込む。
途中で何度か本気で喧嘩になりそうになったけれど。
四十分後。
画面中央に文字が浮かんだ。
《MISSION COMPLETE》
「終わった!」
私はハーネスを外す。
「リザルト!」
ユイナが真っ先に開いた。
撃破数。
橘ユイナ――31。
七瀬ソラ――28。
水城カイ――11。
「よし!」
「やっぱりそこ見るんだ」
「一位は一位よ!」
「で、こっち」
私が損傷率を指す。
橘ユイナ――18%。
「…………」
ユイナが固まった。
「十八」
カイが言う。
「見れば分かる!」
「右腕あるね」
「あるわよ」
「左腕も」
「ある!」
「脚も二本」
「人型兵器なんだから普通でしょ!」
「すごい!」
「絶対馬鹿にしてる!」
私が笑う。
カイもほんの少しだけ口元を緩めた。
その時。
「橘ユイナ」
玲奈司令の声。
ユイナの背筋が伸びる。
「……はい」
「損傷率18%。任務達成率100%」
「はい」
「撃破数、三十一。三名中一位」
「はい!」
そこだけ返事が大きい。
「選抜解除の検討は、当面見送ります」
「本当!?」
「ただし」
「気をつけます!」
「まだ何も言っていません」
「でもそれでしょ!?」
「……まあ、そうね」
珍しく司令が少しだけ笑った。
「橘ユイナ」
「まだ何かあるの?」
「昨日の三つ。覚えていますか」
ユイナが一瞬だけ目を泳がせた。
「……目的、手段、結果」
「今日の目的は?」
「ミッションを成功させること」
「手段は?」
ユイナが私とカイを見る。
「……一人で全部倒さない。二人に任せる。必要な敵だけ倒す」
「結果は?」
「撃破三十一で一位!」
「そこから離れなさい」
「でも一位!」
玲奈司令は小さく息を吐いた。
「任務達成率100%。損傷率18%。撃破数一位」
そして。
「いい結果です」
「……!」
ユイナが目を見開く。
「司令が褒めた」
私が言うと、すぐに睨まれた。
「今そこ拾わなくていい!」
ユイナは私たちを見る。
「……まあ」
「何?」
「その」
「早く」
「うるさい!」
顔が赤くなる。
「少しだけ助かったわ」
「少しだけ?」
「少しだけ!」
カイが本を手に取る。
「じゃあ次は手伝わない」
「それは違うでしょ!」
「どっち!?」
やっぱり素直じゃない。

三人が帰ったあと。
「18%ですか」
柏木ナオがリザルトを見ながら息を吐いた。
「18%。ずいぶん改善しましたね」
「そうね」
玲奈は前回までのデータを開く。
76%。
89%。
91%。
そして昨日、97%。
「撃破数だけなら、橘ユイナが一番なんですけどね」
「だからといって、毎回あれだけの損傷率を許容できるわけではないわ」
「選抜評価は、撃破数だけで決まるわけじゃありませんからね」
「ええ」
「任務達成率、損傷率、指示への対応。全部合わせて見る」
ナオが昨日までの記録へ目をやる。
「本人、納得してました?」
「さあ」
「さあ、って」
「納得したかどうかより、自分で考えることの方が大事よ」
ナオが今日の数字を見る。
「それで18%」
「行動は変わったわ」
「なら、ちゃんと考えたってことですかね」
「そうだといいけれど」
ナオは少し笑ってから、表情を戻した。
「もし次も、前みたいな水準に戻ったら?」
玲奈は少しだけ黙った。
「選抜解除を、今度は見送れないでしょうね」
「……ですよね」
大型スクリーンには、《大規模レイド作戦》の予告がまだ残っていた。
その赤い文字を見ながら、玲奈は小さく息を吐いた。