ソラはまだ空を知らない

《大規模レイド作戦》の予告が出て、二日後。
イベントはまだ始まらなかった。
代わりに私たちへ回ってきたのは、いつもの市街地制圧ミッションだった。
「四十四!」
《MISSION COMPLETE》が表示されるより早く、ユイナが叫んだ。
「何が?」
「撃破数!」
リザルト画面を開く。
橘ユイナ――44機。
七瀬ソラ――35機。
水城カイ――10機。
「また私が一位!」
ユイナが胸を張る。
「撃破数だけね」
「負け惜しみ?」
「総合評価見てから言って」
「撃破数で負けた人の言葉は聞こえませーん」
「ムカつく!」
隣を見る。
カイはもうリザルトに興味を失ったらしく、本を開こうとしていた。
「カイも何か言ってよ」
「四十四は多い」
「でしょ?」
「でも」
カイが画面の端を指した。
「九十七」
「…………」
ユイナの動きが止まった。
機体損傷率――97%。
「ほぼ壊れてるじゃん!」
「壊れてない!」
「右腕ないよ!?」
「左腕がある!」
「右脚も装甲ほとんど残ってない!」
「左脚がある!」
「二本セットで使うものだからね!?」
しかも頭部センサーは半壊。
背部ブースターは片方停止。
主兵装は残弾ゼロ。
予備兵装まで破損している。
「これでよく最後まで動いたね」
「それが腕よ」
「腕一本ないけど」
「そういう意味じゃない!」
カイが静かに言った。
「……廃車」
「AFに廃車って言うな!」
いつものやり取り。
いつもなら、玲奈司令が「静かに」と止めるところだ。
でも。
今日は声が飛んでこなかった。
「司令?」
玲奈司令は、ユイナのリザルトを見ていた。
切れ長の目が、いつもより少しだけ険しい。
「橘ユイナ」
「はい?」
「あなたは残りなさい」
「え?」
「七瀬ソラ、水城カイ。本日の実習は終了です」
「何でユイナだけ?」
「話があります」
「私も聞く」
「帰りなさい」
「でも」
「七瀬ソラ」
「……はい」
この声は逆らえないやつだ。
私は鞄を取った。
PICOが揺れる。
扉の前で振り返る。
ユイナはまだ操縦席に座ったままだった。
さっきまで四十四機で得意げだった顔から、笑みが消えていた。
扉が閉まった。
実習室に残ったのは、ユイナと玲奈司令だけになった。
さっきまで賑やかだった部屋が、急に広く感じる。
「……怒るなら早く怒って」
ユイナが先に言った。
「怒るために残したわけではありません」
「じゃあ何?」
玲奈司令は答えず、端末を操作した。
大型スクリーンに三つの言葉が並ぶ。
《目的》
《手段》
《結果》
「橘ユイナ。今日のミッションの目的は?」
「敵を倒すこと」
「違います」
「即答!?」
「防衛地点を守り、規定時間まで機能を維持すること。それが目的です」
「でも敵を倒さないと守れないでしょ」
「ええ。だから敵を倒すことは、そのための手段です」
玲奈司令が二つ目の言葉を指した。
「撃破数は大切です。あなたの火力も必要です。でも、手段そのものを目的にしてはいけない」
「……じゃあ結果は?」
「今日は勝ちました」
「ほら!」
「それが結果の一つ」
表示が切り替わる。
《撃破数 44》
《任務達成率 100%》
《機体損傷率 97%》
「これも結果です」
「……3%残ってる」
「残っている部分を数える話ではありません」
「動いてたし」
「辛うじて、ね」
ユイナは唇を尖らせた。
「勝ったのに」
「勝ったからこそ、見落としやすいの」
玲奈司令は少しだけ間を置いた。
「結果が良いと、自分が選んだ手段まで全部正しかったと思ってしまうこと」
「…………」
「目的が正しければ、どんな手段を使ってもいいわけではない。結果が出たから、途中で何を失ってもいいわけでもない」
「ゲームなのに、話重くない?」
「ゲームでも同じです」
「司令ってこういう時だけ先生みたい」
「先生ではありません。司令です」
「そこは譲らないんだ」
ユイナが小さく息を吐く。
「……司令も、そういう失敗するの?」
今度は玲奈司令が黙った。
ほんの一瞬だけ。
「するわ」
「あるんだ」
「大人は、子どもより失敗しない生き物ではありません」
「じゃあ何が違うの?」
「失敗したあとに、何のために何を選び、その結果何を残したのかを考える責任が増える。それだけよ」
「……面倒」
「ええ。大人は面倒です」
「じゃあ大人になりたくない」
「それは賢明かもしれないわね」
「そこ否定してよ!」
思わず声を上げたユイナに、玲奈司令の口元がほんの少し緩んだ。
けれど、すぐに表情を戻す。
「あなたを選抜から外したいわけではありません」
「……え?」
「撃破能力は必要です。あなたにしかできない戦い方もある」
「だったら――」
「だからこそ、止まることも覚えて」
玲奈司令がまっすぐユイナを見る。
「倒せる敵を見つけた時、倒しに行くことだけが強さではない。必要なら行かない。仲間へ任せる。目的のために止まれることも強さです」
「……止まる方が、強い時もある?」
「あります」
ユイナはしばらくスクリーンを見た。
三つの言葉。
目的。手段。結果。
「次にまた重大損傷を出した場合、選抜から外すことも検討します」
「結局そこは厳しい!」
「当然です」
「でも」
「何?」
「……分かった。ちょっとだけ考える」
「ちょっとでは困ります」
「じゃあ、ちゃんと考える!」
「よろしい」
それは命令というより、少しだけ先生の返事に聞こえた。

翌日の昼休み。
「クビ!?」
「声大きい!」
ユイナが慌てて私の口を塞いだ。
教室の窓際。
カイは向かいの席で、いつものように本を開いている。
でもページはさっきから一度も進んでいない。
絶対聞いている。
「だってクビって!」
「まだ決まってない!」
「じゃあ何?」
ユイナが腕を組む。
ものすごく不機嫌な顔。
「次にまた機体へ重大損傷を出したら、特別技能実習の選抜から外すことを検討するって」
「それほぼクビじゃん!」
「だから声!」
「何で!?」
「機体を壊しすぎだって」
「ゲームで!?」
「私もそう言ったわよ!」
「しかもユイナ、撃破数一位だよ!?」
「そうよ!」
「一番敵倒してるのに!?」
「そうなのよ!」
二人で机を叩きそうになった。
カイがようやく顔を上げる。
「うるさい」
「カイ!」
「何」
「ユイナ、クビになりそうなんだよ!?」
「聞いてた」
「やっぱり聞いてた!」
「理由も分かる」
「は?」
私とユイナの声が重なった。
「機体損傷率」
「ゲームじゃん!」
「実習設備は高い」
「運営みたいなこと言わないで!」
「97%は壊しすぎ」
「カイまで!」
ユイナが机へ突っ伏した。
「だって、敵倒すゲームで敵倒して何が悪いのよ……」
その声だけ、少し小さかった。
私は黙った。
ユイナがどれだけこのゲームを好きか知っている。
強い敵が出ると喜ぶ。
新しい武器があれば真っ先に試す。
撃破数で一位を取れば、毎回うるさいくらい自慢する。
そのユイナが。
ゲームを取り上げられそうになっている。
「……じゃあ」
「何よ」
「壊さなきゃいいんじゃない?」
「できたら苦労してない!」
「いや」
私はカイを見る。
「できるよね?」
「できる」
「即答!?」
ユイナが起き上がった。
カイは本を閉じる。
「昨日のログを見た」
「いつの間に!?」
「ユイナの被弾の大半は、敵を撃破した直後」
「……どういうこと?」
「次の敵を追いすぎ」
「うっ」
「警告が出ても止まらない」
「うっ」
「装甲が減っても前に出る」
「うっ」
「ブースト切れても突っ込む」
「もうやめて! 分かったから!」
カイは容赦がない。
「つまり」
私は指を立てた。
「ユイナ一人に判断させなきゃいい」
「ちょっと待ちなさいよ」
「私とカイで止める」
「犬みたいに言うな!」
「敵を倒すのはそのままでいい。でも行っていい時だけ行く」
「それ、私が一番嫌いな戦い方なんだけど」
「クビとどっちがいい?」
「…………」
ユイナが黙る。
カイが本を開き直した。
「決まり」
「勝手に決めないで!」
「じゃあ嫌?」
「……嫌とは言ってない」
素直じゃない。