ゲーム技能実習は、校舎の中では行わない。
校舎の端にある連絡通路を抜けた先に、専用の実習棟がある。
白い壁。
少ない窓。
入口には学生証を使う認証ゲート。
普通の教室より、ずいぶん物々しい。
「毎回思うけどさ」
カードを認証部へ当てる。
ピッ、と短い音。
「ゲームするだけなのに警備厳しすぎない?」
「機材が高いんでしょ」
ユイナもカードをかざした。
「盗まれたら困るじゃない」
「家庭用でいいと思うんだけど」
「アンタ、本格的なの好きなくせに」
「好きだけど。この学校、ゲームにお金かけすぎじゃない?」
扉が静かに横へ滑った。
その向こうに、広い実習室がある。
照明は学校の教室より少し暗め。
正面の壁には大型スクリーン。
その手前に三台のゲーム筐体が並んでいる。
ただし。
筐体と呼ぶには、どれも大きすぎる。
人一人がすっぽり収まる座席を中心に、左右から機械が半円を描くように伸びている。
まるで巨大な機械に包み込まれるような形だ。
私は中央の席へ向かった。
ここがいつもの私の場所。
濃い灰色の座席は、肩から腰までを左右から支えるような形をしたハイバックシート。
座ると少しだけ身体が沈む。
鞄を座席脇のフックへ掛ける。
PICOのマスコットがぷらぷら揺れた。
そのすぐ上。
右側の操作パネルにも、同じ白猫の小さなシールが貼ってある。
前に私が勝手に貼った。
「七瀬ソラ」
低い声がした。
びくっとする。
「何?」
「そのシール」
「……何でしょう」
「備品へ勝手にシールを貼ってはいけないと言ったはずだけれど」
「でももう貼っちゃったし」
「そういう問題ではありません」
「剥がすと跡残るかも」
「貼る前に考えなさい」
「ごもっともです」
声の主は、私たちの前に立っていた。
久世玲奈。
私たちのゲーム技能実習を担当している大人だ。
背が高い。
たぶん百七十センチ近い。
長い黒髪を低い位置で一つに束ね、黒に近い濃紺の制服を隙なく着こなしている。
切れ長の目は灰色がかった茶色。
背筋はいつ見ても真っ直ぐ。
腕を組んでこちらを見る姿は――
何というか。
ゲームに入り込みすぎている。
「今日もすごい格好だよね」
「制服よ」
「学校の?」
「違います」
「ゲーム運営ってそこまで衣装用意するんだ」
「七瀬ソラ」
「はい」
「着席」
「もう座ってます」
「では準備」
「はいはい」
「返事」
「はい、司令!」
これである。
この人は、自分を先生と呼ばせない。
ゲーム実習中は必ず、
――司令。
そう呼べと言う。
最初に聞いた時は絶対に冗談だと思った。
でも本気だった。
「やっぱり恥ずかしいんだけど」
「何が?」
「司令って呼ぶの」
「規則です」
「はいはい」
「返事」
「はい、司令」
玲奈司令は、それでようやく私から手を離した。
「久世先生」
「私は教師ではありません」
「久世さん」
「却下」
「玲奈さん」
「却下」
「運営のおば――」
「七瀬ソラ」
「はい司令!」
言い切る前に止めた。
絶対に聞こえてた。
「ゲームの雰囲気が出ていいじゃない」
隣でユイナが自分の座席へ座る。
栗色のポニーテールが背もたれの横へ流れた。
「こういう設定まで含めて楽しむものなのよ」
「ユイナ、こういうの好きそうだもんね」
「悪い?」
「悪くないけど」
反対側では、カイが何も言わず座席へ腰を下ろしている。
「カイは?」
「何」
「司令って呼ぶの恥ずかしくない?」
「……短い」
「理由それだけ?」
「呼びやすい」
玲奈司令が小さくため息をついた。
「三人とも、準備を」
「はーい」
「はい」
「……はい」
私は座席の奥へ身体を預けた。
小さなモーター音がして、座面が前へ動く。
続いて足元。
左右に並んだ大きなペダルが、私の脚の長さへ合わせて少し手前へせり出してきた。
肩と腰の横から伸びたベルトを身体へ回す。
四点式のハーネス。
胸元で留め具を合わせると、軽い電子音が鳴った。
ぎゅっと締まる。
「毎回思うんだけど」
私はベルトを指で引っ張る。
「ゲームでここまで固定する必要ある?」
言いながら、胸元のベルトを指でつまんだ。
その瞬間、玲奈司令が私の横へ来た。
「少し緩いわ」
「え?」
留め具の横を引かれる。ベルトがもう一段だけ身体へ密着した。
「ちょ、自分でできるって」
「安全に関することは、言うことを聞きなさい」
「ゲームなのに?」
玲奈司令の手が、一瞬だけ止まった。
「……ゲームでもよ」
「過保護」
「規則です」
そう言って、司令は何事もなかったように正面へ戻っていった。
「姿勢が崩れると操作精度が落ちるからです」
「ゲームなのに本格的すぎ」
「それが売りでしょう」
「まあ、それはそう」
座席の左右には一本ずつ操縦桿がある。
左手側は主に移動。
親指の位置にブーストと方向切り替え。
右手側は照準と攻撃。
人差し指の位置にトリガー。
足元の二枚のペダルは加速と制動、姿勢制御。
最初はややこしかった。
でも慣れてしまえば、ゲームパッドよりこっちの方がずっと楽だ。
左右の手と両足を別々に動かせる。
考えるより先に身体が動く。
正面にある大型の曲面モニターが点灯した。
一枚の画面が左右へ緩く回り込み、座席から見ると視界のほとんどを覆う。
中央。
《FRONTIER ZERO》
タイトルロゴ。
そこへ次々と表示が重なっていく。
レーダー。
残弾数。
ブースト残量。
機体損傷率。
現在の装備。
ミッション目標。
そして最後に。
《AF ONLINE》
「よし」
左右の操縦桿を軽く握る。
隣を見る。
ユイナはすでに身体を前へ傾け、操縦桿をぎゅっと握り込んでいた。
対してカイは背もたれへほとんど身体を預けたまま。
細い指だけが、静かにスイッチの位置を確認している。
性格出るなあ。
「本日の実習を開始します」
玲奈司令が正面へ立つ。
「その前に、基本事項の確認」
「また?」
「七瀬ソラ」
「はい」
「あなたが一番覚えていないので」
「ゲームは上手いからいいじゃん」
「よくありません」
「九十四点」
ユイナが小声で言った。
「二十二」
カイも言った。
「今関係ないでしょ!」
「静かに」
玲奈司令の一声。
三人とも黙る。
スクリーンの映像が切り替わった。
崩れた高層ビル。
ひび割れた道路。
荒れ果てた街。
その向こうを、無数の機械が進んでいる。
「《FRONTIER ZERO》の舞台は――」
玲奈司令が淡々と説明を始める。
「自律型機械兵器によって地上の大部分を奪われた未来世界」
「王道」
「七瀬ソラ」
「はい」
「かつて人類が作り出した機械兵器群は、ある時を境に人類の管理から離れました」
飛行型。
四脚型。
大型砲撃型。
人型。
さまざまな敵が表示される。
「独自に行動する自律型機械兵器群。ゲーム内での総称は――」
「マキナ」
今度は私が答えた。
「《MACHINA》。正解です」
「ほら、覚えてる」
「名称だけは」
「十分じゃん」
画面に飛行型マキナが表示された。
「こいつ嫌い」
「昨日三十二機倒していたでしょう」
「倒すのと好きなのは別!」
私は画面を指した。
「ロックした瞬間に射線切るんだよ、こいつ」
「高性能AIですから」
「四脚型はこっちのリロード待って突っ込んでくるし」
「高性能AIですから」
「人型なんてフェイントまで入れてくる」
「高性能AIですから」
「その言葉便利すぎない?」
ユイナが笑う。
「NPCが賢い方が面白いでしょ」
「賢すぎるんだって!」
「続けます」
次に表示されたのは、巨大な地図だった。
いくつもの区域。
青く光る生存圏。
「機械勢力によって地上の多くを失った人類は、各地に残された生存圏を守りながら抵抗を続けています」
「はいはい」
「プレイヤーの目的は、それらの生存圏を防衛し――」
青いエリアが光る。
「最終的に、失われた地上を人類の手へ取り戻すこと」
「やっぱり王道」
「ゲームなんだから分かりやすい方がいいじゃない」
ユイナが言う。
「私は好きよ、こういうの」
「ユイナ、設定資料とか全部読むタイプ?」
「読むけど」
「やっぱり」
「アンタが読まなさすぎなのよ」
画面が切り替わった。
一機の巨大な人型兵器。
太い脚。
装甲に覆われた胴体。
両肩と背中に武装と大型ブースター。
私たちが使う機体だ。
「そして、プレイヤー側の主力機がAF」
文字が表示される。
《Adaptive Frame》
「正式名称、《アダプティブ・フレーム》」
玲奈司令が続ける。
「日本語では《汎用適応型人型機動兵器》」
「長い」
「覚えなさい」
「AFでいいじゃん」
「では特徴を」
「人型。速い。飛べる。武器いっぱい」
「零点」
「数学より厳しい!」
ユイナが手を上げた。
「装備換装によって近接戦、射撃戦、狙撃、支援など、複数の戦闘形式へ対応できる汎用型の高機動機」
「正解」
ユイナが得意げに顎を上げた。
「ふふん」
「暗記じゃん」
「授業なんだから暗記しなさいよ!」
カイが画面を見る。
「……大きい」
「そこ?」
「十メートル以上ある」
「よく覚えているわね」
「本に書いてあった」
「ゲームの設定資料まで読むんだ」
「面白い」
「カイまで設定勢だった……」
玲奈司令が映像を進める。
AFの背部ブースターが青白く光る。
巨大な機体が地面を蹴り、一気に空中へ舞い上がった。
「AFには反重力機構が搭載されています。大型機体でありながら、高速移動と短時間の飛行が可能」
「それ好き」
「あなたは本当に飛ぶのが好きね」
「だって気持ちいいじゃん」
私は左の操縦桿を軽く倒した。
「でもブースト容量少なすぎ」
「また始まった」
ユイナが呆れる。
「昨日なんて二回大きく吹かしたら残量半分だったし。旋回も遅いし、近接攻撃後の硬直も長いし」
「七瀬ソラ」
「はい?」
「要望書は受け取っています」
「十四個全部?」
「全部」
「ちゃんとゲーム開発部に送った?」
「送りました」
「じゃあ早く直してもらって」
「簡単に言わない」
「プレイヤーの意見は大事だよ?」
「授業です」
「こういう時だけ授業!」
玲奈司令は無視して画面を切り替えた。
地図に赤と青のマーカーが表示される。
「最後に、ミッションについて」
カイが少しだけ顔を上げる。
「《FRONTIER ZERO》では、敵の撃破数だけで勝敗は決まりません」
「……任務」
「その通り」
青い地点が複数表示される。
「施設防衛。輸送護衛。拠点確保。偵察。敵部隊の足止め。提示された目標を達成することが最優先です」
「でも敵全部倒せば解決するよ?」
「それがあなたと橘ユイナの悪いところです」
「私まで!?」
ユイナが抗議する。
「敵を百機倒しても、守るべき対象を失えば敗北」
カイが言った。
「敵を一機しか倒さなくても、目的を達成すれば勝ち」
「正解」
カイがほんの少しだけ胸を張る。
「ほら」
「なんで誇らしげなの?」
「ゲームは勝てばいい」
「ロマンがない」
「必要ない」
「やっぱりカイとは分かり合えない」
「アンタだって人のこと言えないでしょ」
ユイナが腕を組む。
「敵追いかけて防衛地点から離れるじゃない」
「戻るもん」
「私は敵を全部倒してから戻る」
「だから毎回機体壊すんでしょ!」
「壊してない!」
「前回右腕なかったじゃん!」
「左腕があった!」
「その前は脚一本しかなかった!」
「一本あれば立てる!」
「立てない!」
「二人とも」
玲奈司令の声が低くなる。
「静かに」
「はい」
「……はい」
やっぱり迫力あるな、この人。
校舎の端にある連絡通路を抜けた先に、専用の実習棟がある。
白い壁。
少ない窓。
入口には学生証を使う認証ゲート。
普通の教室より、ずいぶん物々しい。
「毎回思うけどさ」
カードを認証部へ当てる。
ピッ、と短い音。
「ゲームするだけなのに警備厳しすぎない?」
「機材が高いんでしょ」
ユイナもカードをかざした。
「盗まれたら困るじゃない」
「家庭用でいいと思うんだけど」
「アンタ、本格的なの好きなくせに」
「好きだけど。この学校、ゲームにお金かけすぎじゃない?」
扉が静かに横へ滑った。
その向こうに、広い実習室がある。
照明は学校の教室より少し暗め。
正面の壁には大型スクリーン。
その手前に三台のゲーム筐体が並んでいる。
ただし。
筐体と呼ぶには、どれも大きすぎる。
人一人がすっぽり収まる座席を中心に、左右から機械が半円を描くように伸びている。
まるで巨大な機械に包み込まれるような形だ。
私は中央の席へ向かった。
ここがいつもの私の場所。
濃い灰色の座席は、肩から腰までを左右から支えるような形をしたハイバックシート。
座ると少しだけ身体が沈む。
鞄を座席脇のフックへ掛ける。
PICOのマスコットがぷらぷら揺れた。
そのすぐ上。
右側の操作パネルにも、同じ白猫の小さなシールが貼ってある。
前に私が勝手に貼った。
「七瀬ソラ」
低い声がした。
びくっとする。
「何?」
「そのシール」
「……何でしょう」
「備品へ勝手にシールを貼ってはいけないと言ったはずだけれど」
「でももう貼っちゃったし」
「そういう問題ではありません」
「剥がすと跡残るかも」
「貼る前に考えなさい」
「ごもっともです」
声の主は、私たちの前に立っていた。
久世玲奈。
私たちのゲーム技能実習を担当している大人だ。
背が高い。
たぶん百七十センチ近い。
長い黒髪を低い位置で一つに束ね、黒に近い濃紺の制服を隙なく着こなしている。
切れ長の目は灰色がかった茶色。
背筋はいつ見ても真っ直ぐ。
腕を組んでこちらを見る姿は――
何というか。
ゲームに入り込みすぎている。
「今日もすごい格好だよね」
「制服よ」
「学校の?」
「違います」
「ゲーム運営ってそこまで衣装用意するんだ」
「七瀬ソラ」
「はい」
「着席」
「もう座ってます」
「では準備」
「はいはい」
「返事」
「はい、司令!」
これである。
この人は、自分を先生と呼ばせない。
ゲーム実習中は必ず、
――司令。
そう呼べと言う。
最初に聞いた時は絶対に冗談だと思った。
でも本気だった。
「やっぱり恥ずかしいんだけど」
「何が?」
「司令って呼ぶの」
「規則です」
「はいはい」
「返事」
「はい、司令」
玲奈司令は、それでようやく私から手を離した。
「久世先生」
「私は教師ではありません」
「久世さん」
「却下」
「玲奈さん」
「却下」
「運営のおば――」
「七瀬ソラ」
「はい司令!」
言い切る前に止めた。
絶対に聞こえてた。
「ゲームの雰囲気が出ていいじゃない」
隣でユイナが自分の座席へ座る。
栗色のポニーテールが背もたれの横へ流れた。
「こういう設定まで含めて楽しむものなのよ」
「ユイナ、こういうの好きそうだもんね」
「悪い?」
「悪くないけど」
反対側では、カイが何も言わず座席へ腰を下ろしている。
「カイは?」
「何」
「司令って呼ぶの恥ずかしくない?」
「……短い」
「理由それだけ?」
「呼びやすい」
玲奈司令が小さくため息をついた。
「三人とも、準備を」
「はーい」
「はい」
「……はい」
私は座席の奥へ身体を預けた。
小さなモーター音がして、座面が前へ動く。
続いて足元。
左右に並んだ大きなペダルが、私の脚の長さへ合わせて少し手前へせり出してきた。
肩と腰の横から伸びたベルトを身体へ回す。
四点式のハーネス。
胸元で留め具を合わせると、軽い電子音が鳴った。
ぎゅっと締まる。
「毎回思うんだけど」
私はベルトを指で引っ張る。
「ゲームでここまで固定する必要ある?」
言いながら、胸元のベルトを指でつまんだ。
その瞬間、玲奈司令が私の横へ来た。
「少し緩いわ」
「え?」
留め具の横を引かれる。ベルトがもう一段だけ身体へ密着した。
「ちょ、自分でできるって」
「安全に関することは、言うことを聞きなさい」
「ゲームなのに?」
玲奈司令の手が、一瞬だけ止まった。
「……ゲームでもよ」
「過保護」
「規則です」
そう言って、司令は何事もなかったように正面へ戻っていった。
「姿勢が崩れると操作精度が落ちるからです」
「ゲームなのに本格的すぎ」
「それが売りでしょう」
「まあ、それはそう」
座席の左右には一本ずつ操縦桿がある。
左手側は主に移動。
親指の位置にブーストと方向切り替え。
右手側は照準と攻撃。
人差し指の位置にトリガー。
足元の二枚のペダルは加速と制動、姿勢制御。
最初はややこしかった。
でも慣れてしまえば、ゲームパッドよりこっちの方がずっと楽だ。
左右の手と両足を別々に動かせる。
考えるより先に身体が動く。
正面にある大型の曲面モニターが点灯した。
一枚の画面が左右へ緩く回り込み、座席から見ると視界のほとんどを覆う。
中央。
《FRONTIER ZERO》
タイトルロゴ。
そこへ次々と表示が重なっていく。
レーダー。
残弾数。
ブースト残量。
機体損傷率。
現在の装備。
ミッション目標。
そして最後に。
《AF ONLINE》
「よし」
左右の操縦桿を軽く握る。
隣を見る。
ユイナはすでに身体を前へ傾け、操縦桿をぎゅっと握り込んでいた。
対してカイは背もたれへほとんど身体を預けたまま。
細い指だけが、静かにスイッチの位置を確認している。
性格出るなあ。
「本日の実習を開始します」
玲奈司令が正面へ立つ。
「その前に、基本事項の確認」
「また?」
「七瀬ソラ」
「はい」
「あなたが一番覚えていないので」
「ゲームは上手いからいいじゃん」
「よくありません」
「九十四点」
ユイナが小声で言った。
「二十二」
カイも言った。
「今関係ないでしょ!」
「静かに」
玲奈司令の一声。
三人とも黙る。
スクリーンの映像が切り替わった。
崩れた高層ビル。
ひび割れた道路。
荒れ果てた街。
その向こうを、無数の機械が進んでいる。
「《FRONTIER ZERO》の舞台は――」
玲奈司令が淡々と説明を始める。
「自律型機械兵器によって地上の大部分を奪われた未来世界」
「王道」
「七瀬ソラ」
「はい」
「かつて人類が作り出した機械兵器群は、ある時を境に人類の管理から離れました」
飛行型。
四脚型。
大型砲撃型。
人型。
さまざまな敵が表示される。
「独自に行動する自律型機械兵器群。ゲーム内での総称は――」
「マキナ」
今度は私が答えた。
「《MACHINA》。正解です」
「ほら、覚えてる」
「名称だけは」
「十分じゃん」
画面に飛行型マキナが表示された。
「こいつ嫌い」
「昨日三十二機倒していたでしょう」
「倒すのと好きなのは別!」
私は画面を指した。
「ロックした瞬間に射線切るんだよ、こいつ」
「高性能AIですから」
「四脚型はこっちのリロード待って突っ込んでくるし」
「高性能AIですから」
「人型なんてフェイントまで入れてくる」
「高性能AIですから」
「その言葉便利すぎない?」
ユイナが笑う。
「NPCが賢い方が面白いでしょ」
「賢すぎるんだって!」
「続けます」
次に表示されたのは、巨大な地図だった。
いくつもの区域。
青く光る生存圏。
「機械勢力によって地上の多くを失った人類は、各地に残された生存圏を守りながら抵抗を続けています」
「はいはい」
「プレイヤーの目的は、それらの生存圏を防衛し――」
青いエリアが光る。
「最終的に、失われた地上を人類の手へ取り戻すこと」
「やっぱり王道」
「ゲームなんだから分かりやすい方がいいじゃない」
ユイナが言う。
「私は好きよ、こういうの」
「ユイナ、設定資料とか全部読むタイプ?」
「読むけど」
「やっぱり」
「アンタが読まなさすぎなのよ」
画面が切り替わった。
一機の巨大な人型兵器。
太い脚。
装甲に覆われた胴体。
両肩と背中に武装と大型ブースター。
私たちが使う機体だ。
「そして、プレイヤー側の主力機がAF」
文字が表示される。
《Adaptive Frame》
「正式名称、《アダプティブ・フレーム》」
玲奈司令が続ける。
「日本語では《汎用適応型人型機動兵器》」
「長い」
「覚えなさい」
「AFでいいじゃん」
「では特徴を」
「人型。速い。飛べる。武器いっぱい」
「零点」
「数学より厳しい!」
ユイナが手を上げた。
「装備換装によって近接戦、射撃戦、狙撃、支援など、複数の戦闘形式へ対応できる汎用型の高機動機」
「正解」
ユイナが得意げに顎を上げた。
「ふふん」
「暗記じゃん」
「授業なんだから暗記しなさいよ!」
カイが画面を見る。
「……大きい」
「そこ?」
「十メートル以上ある」
「よく覚えているわね」
「本に書いてあった」
「ゲームの設定資料まで読むんだ」
「面白い」
「カイまで設定勢だった……」
玲奈司令が映像を進める。
AFの背部ブースターが青白く光る。
巨大な機体が地面を蹴り、一気に空中へ舞い上がった。
「AFには反重力機構が搭載されています。大型機体でありながら、高速移動と短時間の飛行が可能」
「それ好き」
「あなたは本当に飛ぶのが好きね」
「だって気持ちいいじゃん」
私は左の操縦桿を軽く倒した。
「でもブースト容量少なすぎ」
「また始まった」
ユイナが呆れる。
「昨日なんて二回大きく吹かしたら残量半分だったし。旋回も遅いし、近接攻撃後の硬直も長いし」
「七瀬ソラ」
「はい?」
「要望書は受け取っています」
「十四個全部?」
「全部」
「ちゃんとゲーム開発部に送った?」
「送りました」
「じゃあ早く直してもらって」
「簡単に言わない」
「プレイヤーの意見は大事だよ?」
「授業です」
「こういう時だけ授業!」
玲奈司令は無視して画面を切り替えた。
地図に赤と青のマーカーが表示される。
「最後に、ミッションについて」
カイが少しだけ顔を上げる。
「《FRONTIER ZERO》では、敵の撃破数だけで勝敗は決まりません」
「……任務」
「その通り」
青い地点が複数表示される。
「施設防衛。輸送護衛。拠点確保。偵察。敵部隊の足止め。提示された目標を達成することが最優先です」
「でも敵全部倒せば解決するよ?」
「それがあなたと橘ユイナの悪いところです」
「私まで!?」
ユイナが抗議する。
「敵を百機倒しても、守るべき対象を失えば敗北」
カイが言った。
「敵を一機しか倒さなくても、目的を達成すれば勝ち」
「正解」
カイがほんの少しだけ胸を張る。
「ほら」
「なんで誇らしげなの?」
「ゲームは勝てばいい」
「ロマンがない」
「必要ない」
「やっぱりカイとは分かり合えない」
「アンタだって人のこと言えないでしょ」
ユイナが腕を組む。
「敵追いかけて防衛地点から離れるじゃない」
「戻るもん」
「私は敵を全部倒してから戻る」
「だから毎回機体壊すんでしょ!」
「壊してない!」
「前回右腕なかったじゃん!」
「左腕があった!」
「その前は脚一本しかなかった!」
「一本あれば立てる!」
「立てない!」
「二人とも」
玲奈司令の声が低くなる。
「静かに」
「はい」
「……はい」
やっぱり迫力あるな、この人。

