作戦の翌日。
私たちは、また実習室に集められた。
ただし、操縦席には座らなかった。
私とユイナとカイ。
正面には玲奈司令。
三人の中で、私だけは何を話すのか知っていた。
「話があります」
玲奈司令が言った。
「何よ、改まって」
ユイナが腕を組む。
「昨日のイベントの反省会?」
「違います」
「昨日の作戦終了を受け、あなたたち二人にも機密情報の開示許可が下りました」
玲奈司令が一度だけ目を閉じた。
そして。
「《FRONTIER ZERO》は、ゲームではありません」
「…………は?」
最初に声を出したのはユイナだった。
カイは何も言わない。
ただ、玲奈司令を見ている。
「あなたたちが操作していたAFは、地上に存在する実機です。敵も、戦場も、防衛地点も、すべて現実に存在する」
そこから、長い長い説明が始まった。いつものブリーフィングとは比べれないくらい長いお話が。
◇
「ちょっと待って」
質問はある?という司令の声でユイナが立ち上がる。
「じゃあ……私が97%壊したやつも?」
「本物よ」
「…………」
ユイナが固まった。
やっぱり最初にそこなんだ。
少しだけ笑いそうになって。
笑えなかった。
「だから」
ユイナの声が小さくなる。
「だから、あの時あんなに怒ったの?」
「ええ。AFは無限にはありません。あなたを外したかったわけではない。でも、あのままでは続けさせられなかった」
「……目的、手段、結果」
ユイナが呟いた。
玲奈司令の目がわずかに揺れた。
「覚えていたのね」
「忘れるわけないでしょ」
ユイナが顔を上げる。
「じゃあ司令は?」
「え?」
「私たちを守るのが目的だったんでしょ」
「……ええ」
「ゲームだって嘘をつくのが手段?」
「そうです」
「結果は?」
玲奈司令は答えなかった。
代わりに、深く頭を下げた。
「あなたたちを、真実を知らないまま戦わせました」
ユイナも何も言わなくなった。
カイが静かに口を開く。
「僕が辞めるって言った時」
「……ええ」
「司令は、続けるか辞めるかは僕が決めていいって言った」
「言いました」
「でも僕は、本当のことを知らなかった」
「……ええ」
「じゃあ、本当には選んでなかった」
玲奈司令は、しばらく黙った。
「その通りです」
「…………」
「あなたに選択を返したつもりで、私は選ぶために必要なものを隠していた」
カイの表情はほとんど変わらない。
でも、いつもよりずっと長く玲奈司令を見ていた。
「昨日も?」
「昨日もです」
「僕とユイナには言わなかった」
「作戦を優先しました」
玲奈司令は言い訳をしなかった。
「二人が真実を知れば、戦えなくなるかもしれない。混乱するかもしれない。そう考えて、また黙った」
「それ、大人の都合?」
カイが聞いた。
「ええ」
あの時。
カイが辞めたいと言った時。
玲奈司令自身が使った言葉だった。
「ごめんなさい」
もう一度、玲奈司令が頭を下げる。
「これからは?」
カイが聞いた。
「あなたたちが決めていい」
「今?」
「いいえ」
玲奈司令は首を振った。
「今日は、何も決めなくていい」
ユイナが眉を寄せる。
「怒ってても?」
「当然よ」
「実習、もう嫌だって言っても?」
「それもあなたが決めることです」
カイが聞く。
「答えを急かさない?」
「急かしません」
「……そっか」
長い沈黙が落ちた。
誰もきれいに許さなかった。
誰も、その場で未来を決めなかった。
それでいいのだと思った。
知って。
怒って。
考えて。
そのあとで選べばいい。
私がそうしてもらったように。
◇
それからしばらくして、人類側はシャングリラ周辺の地上区画を確保した。
だから。
勝った瞬間に、全部が平和になったわけじゃない。
ただ。
初めて、明日が今日より良くなるかもしれないと言えるようになった。
そして。
地上への通路の安全確認が終わった日。
シャングリラの一般住民へ、都市の本当の姿が初めて公表された。
そして。
それからしばらくしたある日。
シャングリラの空が消えた。
白い光も。
太陽も。
全部消えて。
頭上にあったのは、巨大な黒い天井だった。
鉄骨。
配管。
照明設備。
暗闇。
これが。
私たちがずっと空だと思っていたものの正体だった。
シャングリラ。
理想郷。
だけど。
そこにあった空は、偽物だった。
そして私たちは、その偽物の理想郷を出た。
巨大な扉が開く。
最初に感じたのは、風だった。
「……え」
髪が揺れる。
頬を撫でる。
知らない匂いがした。
土。
草。
そして。
光。
私は一歩、外へ出た。
顔を上げる。
「…………」
言葉が出なかった。
青かった。
どこまでも。
どこまでも。
青く澄み渡っていた。
天井がない。
端がない。
壁もない。
ずっと先まで続いている。
「これが……」
声が震えた。
「空」
生まれて初めて。
私は空を見た。
自分と同じ名前の――ソラを。
そして。
玲奈司令が失った子も、同じ名前だった。
「司令」
「何?」
「すごいね」
「……ええ」
「こんなに広かったんだ」
「そうよ」
私はもう一度、空を見上げた。
十五年間。
私は世界を知っているつもりだった。
学校へ行って。
友達と笑って。
ゲームをして。
それが世界の全部だと思っていた。
でも。
世界は、こんなにも広かった。
知らないことだらけだった。
怖いことも。
悲しいことも。
きっとこれからたくさんある。
それでも。
今度は、自分で知ることができる。
自分で選ぶことができる。
私は一歩、前へ出た。
偽物の理想郷から。
本当の世界へ。
どこまでも広がる。
青い空の下へ。
その日――
私たちは、初めて世界に生まれたのだ。
私たちは、また実習室に集められた。
ただし、操縦席には座らなかった。
私とユイナとカイ。
正面には玲奈司令。
三人の中で、私だけは何を話すのか知っていた。
「話があります」
玲奈司令が言った。
「何よ、改まって」
ユイナが腕を組む。
「昨日のイベントの反省会?」
「違います」
「昨日の作戦終了を受け、あなたたち二人にも機密情報の開示許可が下りました」
玲奈司令が一度だけ目を閉じた。
そして。
「《FRONTIER ZERO》は、ゲームではありません」
「…………は?」
最初に声を出したのはユイナだった。
カイは何も言わない。
ただ、玲奈司令を見ている。
「あなたたちが操作していたAFは、地上に存在する実機です。敵も、戦場も、防衛地点も、すべて現実に存在する」
そこから、長い長い説明が始まった。いつものブリーフィングとは比べれないくらい長いお話が。
◇
「ちょっと待って」
質問はある?という司令の声でユイナが立ち上がる。
「じゃあ……私が97%壊したやつも?」
「本物よ」
「…………」
ユイナが固まった。
やっぱり最初にそこなんだ。
少しだけ笑いそうになって。
笑えなかった。
「だから」
ユイナの声が小さくなる。
「だから、あの時あんなに怒ったの?」
「ええ。AFは無限にはありません。あなたを外したかったわけではない。でも、あのままでは続けさせられなかった」
「……目的、手段、結果」
ユイナが呟いた。
玲奈司令の目がわずかに揺れた。
「覚えていたのね」
「忘れるわけないでしょ」
ユイナが顔を上げる。
「じゃあ司令は?」
「え?」
「私たちを守るのが目的だったんでしょ」
「……ええ」
「ゲームだって嘘をつくのが手段?」
「そうです」
「結果は?」
玲奈司令は答えなかった。
代わりに、深く頭を下げた。
「あなたたちを、真実を知らないまま戦わせました」
ユイナも何も言わなくなった。
カイが静かに口を開く。
「僕が辞めるって言った時」
「……ええ」
「司令は、続けるか辞めるかは僕が決めていいって言った」
「言いました」
「でも僕は、本当のことを知らなかった」
「……ええ」
「じゃあ、本当には選んでなかった」
玲奈司令は、しばらく黙った。
「その通りです」
「…………」
「あなたに選択を返したつもりで、私は選ぶために必要なものを隠していた」
カイの表情はほとんど変わらない。
でも、いつもよりずっと長く玲奈司令を見ていた。
「昨日も?」
「昨日もです」
「僕とユイナには言わなかった」
「作戦を優先しました」
玲奈司令は言い訳をしなかった。
「二人が真実を知れば、戦えなくなるかもしれない。混乱するかもしれない。そう考えて、また黙った」
「それ、大人の都合?」
カイが聞いた。
「ええ」
あの時。
カイが辞めたいと言った時。
玲奈司令自身が使った言葉だった。
「ごめんなさい」
もう一度、玲奈司令が頭を下げる。
「これからは?」
カイが聞いた。
「あなたたちが決めていい」
「今?」
「いいえ」
玲奈司令は首を振った。
「今日は、何も決めなくていい」
ユイナが眉を寄せる。
「怒ってても?」
「当然よ」
「実習、もう嫌だって言っても?」
「それもあなたが決めることです」
カイが聞く。
「答えを急かさない?」
「急かしません」
「……そっか」
長い沈黙が落ちた。
誰もきれいに許さなかった。
誰も、その場で未来を決めなかった。
それでいいのだと思った。
知って。
怒って。
考えて。
そのあとで選べばいい。
私がそうしてもらったように。
◇
それからしばらくして、人類側はシャングリラ周辺の地上区画を確保した。
だから。
勝った瞬間に、全部が平和になったわけじゃない。
ただ。
初めて、明日が今日より良くなるかもしれないと言えるようになった。
そして。
地上への通路の安全確認が終わった日。
シャングリラの一般住民へ、都市の本当の姿が初めて公表された。
そして。
それからしばらくしたある日。
シャングリラの空が消えた。
白い光も。
太陽も。
全部消えて。
頭上にあったのは、巨大な黒い天井だった。
鉄骨。
配管。
照明設備。
暗闇。
これが。
私たちがずっと空だと思っていたものの正体だった。
シャングリラ。
理想郷。
だけど。
そこにあった空は、偽物だった。
そして私たちは、その偽物の理想郷を出た。
巨大な扉が開く。
最初に感じたのは、風だった。
「……え」
髪が揺れる。
頬を撫でる。
知らない匂いがした。
土。
草。
そして。
光。
私は一歩、外へ出た。
顔を上げる。
「…………」
言葉が出なかった。
青かった。
どこまでも。
どこまでも。
青く澄み渡っていた。
天井がない。
端がない。
壁もない。
ずっと先まで続いている。
「これが……」
声が震えた。
「空」
生まれて初めて。
私は空を見た。
自分と同じ名前の――ソラを。
そして。
玲奈司令が失った子も、同じ名前だった。
「司令」
「何?」
「すごいね」
「……ええ」
「こんなに広かったんだ」
「そうよ」
私はもう一度、空を見上げた。
十五年間。
私は世界を知っているつもりだった。
学校へ行って。
友達と笑って。
ゲームをして。
それが世界の全部だと思っていた。
でも。
世界は、こんなにも広かった。
知らないことだらけだった。
怖いことも。
悲しいことも。
きっとこれからたくさんある。
それでも。
今度は、自分で知ることができる。
自分で選ぶことができる。
私は一歩、前へ出た。
偽物の理想郷から。
本当の世界へ。
どこまでも広がる。
青い空の下へ。
その日――
私たちは、初めて世界に生まれたのだ。



