ソラはまだ空を知らない

「じゃあ失敗したら?」
「……」
「あのミッション」
あの大規模レイドの。
全部失ったやつ。
「防衛区画、消えたよね」
玲奈司令は答えなかった。
「ねえ」
「ソラ」
「失敗したらどうなるの?」
沈黙。
長かった。
「守れなかった場所を失うわ」
「人は?」
また沈黙。
「……いるの?」
「いる」
背中が冷えた。
「じゃあ私……」
「そこまで」
玲奈司令の声が強くなる。
「え?」
「それ以上は、今は考えなくていい」
「でも!」
「あなたに過去の責任を背負わせるために話しているんじゃない!」
初めて。
玲奈司令が声を荒らげた。
「……」
すぐに。
司令は目を伏せた。
「ごめんなさい」
「……」
「でも、それだけは違う」
静かな声。
「あなたが知らなかったことは、あなたの責任ではない」
「じゃあ誰の責任?」
「私たち大人よ」
「…………」
「あなたたちに隠した」
「ゲームだって?」
「ええ」
「ずっと?」
「ずっと」
「……最低」
「そうね」
即答だった。
言い訳もしなかった。
「最低だよ」
「ええ」
「私たち騙してたんでしょ」
「ええ」
「私がゲームだと思って笑ってるの見てたんでしょ!」
「見ていた」
「ユイナが機体壊して笑ってるのも!」
「ええ」
「カイが撃破数少ないって私がバカにしたのも!」
「聞いていた」
「何で!」
涙が出そうになった。
でも泣きたくなかった。
「何でそんなことしたの!」
玲奈司令は、しばらく答えなかった。
それから。
「あなたたちが、子どもだったから」
「それ理由になってない!」
「分かっているわ」
「じゃあ!」
「怖がらせたくなかった」
「……」
「あの画面の向こうで起きていることを、自分たちの現実だと思わせたくなかった」
「なのに戦わせた」
「……ええ」
「矛盾してるじゃん」
「そうね」
「意味分かんない」
「私もよ」
その言葉だけ。
少し違った。
司令の声が。
「守りたかった」
「……」
「でも、あなたたちの力が必要だった」
「大人も戦ってたんでしょ?」
「ええ」
「だったら、大人だけでやればよかったじゃん」
ずっと喉の奥に引っかかっていたものを、そのままぶつけた。
「何で私たちなの」
玲奈司令は、すぐには答えなかった。
「最初は、大人だけで戦っていたわ」
「……」
「正規の操縦者は訓練されている。部隊行動も、射撃も、撤退判断も正確だった」
「じゃあ」
「正確すぎたの」
「え?」
「敵AIは、人間側の戦闘記録を学習し続けた。教科書通りの陣形。合理的な撤退。火力を集中する順番。大人たちが《正しい》と教わった戦い方ほど、その正しさを読まれるようになった」
私は、ゲームの中で何度もやったことを思い出した。
意味もなく高いところから飛び込んだ。
最短ルートを無視して壁の隙間を抜けた。
敵を倒さず引き連れて、まとめて別方向へ流した。
ユイナは敵が多い方へ笑って突っ込む。
カイは撃破数を捨てて、必要な一機だけ撃つ。
「私たち、めちゃくちゃだから?」
「……言い方はともかく」
「否定して!」
こんな時なのに。
司令が一瞬だけ困った顔をした。
「既存の戦い方に染まっていない操縦者ほど、敵の予測から外れた」
「それがゲーム上手い子だった?」
「そう。ゲームだと思って試行錯誤する子どもたちの中に、大人とは違う勝ち方をする子がいた」
「……私たち」
「あなたたちは、その中でも特に高い適性を示した」
「だから選んだ」
「ええ」
「でも敵も、私たちのことを学習するんじゃないの?」
「していたわ」
「……だから最近、敵がどんどん嫌らしくなってた?」
「ええ。あなたたちの癖も、三人の連携も解析されていた。優位は永遠ではなかった」
「じゃあ、最近のミッションがどんどんきつくなったのも?」
「一因ではあるわ。敵は、あなたたちに対応し始めていた」
「子どもなのに」
「ええ」
「ゲームだって嘘ついて」
「……ええ」
理由があった。
でも。
理由があれば正しいことになるわけじゃない。
たぶん司令も、それを分かっていた。
玲奈司令が両手を強く握る。
私は、その手を見た。
そして。
ふと。
今までとは違う疑問が浮かんだ。
「……ねえ」
「何?」
「大人と子どもって、なに?」
玲奈司令が目を瞬いた。
「……え?」
「何が違うの?」
自分の手を見る。
それから、玲奈司令を見る。
「十五歳になったら大人っていう決まりなのは分かった。でも、それで何が変わるの?」
「……」
「大きさ?」
「…………」
「何で、わざわざ分けてるの?」
また、答えない。
私は窓を見る。
偽物の夕焼け。
「何で大人は全部知ってて、私たちは何も知らないの?」
玲奈司令の顔が変わった。
ひどく悲しそうな顔だった。
「ねえ?」
頬を、何かが流れていた。
「なんで泣いてるの?」
玲奈司令は慌てて顔を背けた。
「……ごめんなさい」
「?」
「ごめんなさい……」
声が震えている。
「何が?」
「私たちは……」
玲奈司令が唇を噛んだ。
「あなたたちを、守りたかったの」
「守る?」
「ええ」
「何から?」
返事は、すぐには来なかった。
長い沈黙のあと。
玲奈司令は言った。
「あなたたちには、ここが楽園であってほしかった」
「……楽園?」
「何も知らずに、学校へ行って。友達と笑って。ゲームをして。それだけで一日が終わる場所であってほしかった」
司令の声が震える。
「だから隠したの」
「戦争のことも」
一度。
言葉が止まる。
「あなたの両親が死んだことも」
「……?」
「何もかも」
聞いたことのない言葉ばかりだった。
「ねえ」
「……何?」
「センソウってなに?」
玲奈司令の肩が震えた。
「ゲームで戦うことが、センソウなの?」
「違うわ」
「じゃあ、なに?」
「ゲームの中じゃない。現実で、人類とマキナが戦っていること」
「今も?」
「ええ」
「それがセンソウ?」
「……ええ」
「ふうん」
まだ、よく分からない。
玲奈司令は、そんな私を見ていた。
そして。
「戦争では……たくさんの人が死ぬの」
また知らない言葉が出てきた。
「シヌ?」
「……っ」
玲奈司令の顔が歪んだ。
「シヌって、なに?」
「…………」
「負けるってこと?」
「違う」
「ゲームオーバー?」
「違うの」
「じゃあ、もう一回できる?」
玲奈司令は首を振った。
「できない」
「なんで?」
「死んだ人は……もう帰ってこないから」
「帰ってこない?」
「二度と」
よく分からなかった。
帰ってこないなら、迎えに行けばいい。
迷子なら探せばいい。
ゲームなら、やり直せばいい。
だから。
どうして玲奈司令がこんなに悲しそうなのか、私には分からなかった。
「それと」
私は、さっきのもう一つの言葉を思い出す。
「リョウシンって、なに?」
玲奈司令の呼吸が止まった。
「……え?」
「リョウシン」
「…………」
「人の名前?」
何も答えない。
「それとも……」
少し考える。
さっき、私たちを守りたかったと言っていた。
だったら。
「やさしさのこと?」
「――――っ」
玲奈司令が崩れるように膝をついた。
「司令?」
「ごめんなさい……」
「?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「だから、何が?」
分からない。
本当に、分からない。
「どうして今、そんな話してるの?」
私はただ、それを聞いただけだった。