ソラはまだ空を知らない

「《FRONTIER ZERO》はゲームではない」
玲奈司令が言う。
「あなたたちが操作していたAFは実在する」
「……」
「あなたたちは、シャングリラにある遠隔操作端末から――」
私の頭に。
あの操縦席が浮かんだ。
左右の操縦桿。
ペダル。
ハーネス。
曲面モニター。
《AF ONLINE》
「地上にいる本物のAFを操作していたの」
「……信じられない」
「そう言うと思ったわ」
玲奈司令は端末を操作した。
「だから、これは説明ではなく証拠として見せる」
テーブルの上に映像が浮かぶ。
見覚えのある道路だった。
崩れた高架。右側だけ残ったビル。中央分離帯に突き刺さった古い標識。
「ここ……」
映像にはHUDがない。残弾表示も、赤いマーカーも、《MISSION》の文字もない。
ただ灰色の廃墟を、本物のカメラが映している。
その画面の下から、一機のAFが飛び込んできた。
建物すれすれに機体を傾け、砲撃を避ける。着地する前に射撃。反転。ブースト。
見間違えるはずがなかった。
「私だ」
「ええ」
「この動き……私がやった」
「そうよ」
次の映像。
大規模レイド。
私が第二防衛区画から輸送ルートへ飛び、また戻っていく。
その周囲には、ゲームでは《味方NPC》と表示されていた機体も映っていた。
爆発も。瓦礫も。煙も。
どこにもゲームらしい表示はなかった。
「加工前の地上映像よ」
「……」
「あなたたちへ送る時だけ、HUDとゲーム用の表示を重ねていた」
もう。
嘘だと言う方が難しかった。
「……うそ」
「嘘ではない」
「うそ」
「ソラ」
「だって!」
声が震える。
「あれゲームじゃん!」
「そう思うように作っていた」
「敵は!?」
「本物よ」
「マキナは?」
「実在する自律型機械兵器」
「NPCじゃないの?」
「違う」
「廃墟ステージは?」
「地上の都市」
「防衛ミッションは?」
「実際の防衛作戦」
「輸送ユニットは!?」
「人類側の物資輸送部隊」
「じゃあ、大規模レイドにいた味方NPCは?」
「シャングリラ防衛隊のAFよ」
「NPCじゃなかったの?」
「ええ。あなたたちとは別の回線から、正規の操縦者が動かしていた」
青いマーカーが一つずつ消えていった画面を思い出す。
「じゃあ、あの日」
「あなたたち三人だけで戦っていたわけではない」
「十二機もいたのに負けた」
「あの区画だけで十二機。ほかの戦線にも部隊はいた」
「……それでも?」
「それでも足りなかった」
私は一度、視線を落とした。
テーブルの上のPICOだけが、いつもと同じ顔で笑っていた。
「…………」
頭の中で。
今まで遊んできたゲームが、一つずつ違うものに変わっていく。
七十八機。
八十三機。
追加ウェーブ。
防衛地点。
護衛。
撃破。
全部。
「……じゃあ」
別の言葉が頭へ浮かんだ。
「ゲーム開発部は?シナリオとか言ってたよね?」
玲奈司令が、ほんの少し目を伏せた。
「そんな部署は存在しないわ」
「…………は?」
「人類側に《シナリオ開発部》という部署はない」
「待って。だって何回も言ってたじゃん。新しいシナリオが来たとか」
「ええ」
「じゃあ、誰がシナリオを作ってるの?」
玲奈司令は答えなかった。
その沈黙が、嫌だった。
胸の奥で、何かがざわつく。
「……いや、待って」
今まで当たり前すぎて、一度も疑わなかったことがある。
「そもそも……ゲームの開発は誰がしてるの?」
「…………」
「ゲーム開発部でしょ?」
私は自分で言ってから、言葉を重ねる。
「ゲーム開発部がゲームを作って、シナリオ開発部が新しいシナリオを作る。私たちはそれを攻略する。そういう話だったじゃん」
玲奈司令が、静かに私を見る。
「違うわ」
「……何が?」
「まず、《ゲーム開発部》なんていう部署も存在しない」
「…………は?」
「あなたたちが、そう呼ぶようにされていただけ」
玲奈司令は淡々と続けた。
「正式名称は、《AF技術開発支援機構》」
「AF技術……?」
「ええ。AFの解析、開発、改修、運用支援。戦況の解析や、あなたたちへ見せる情報の加工も担当している」
「ちょっと待って」
嫌な予感がした。
「じゃあ……ゲームは?」
「作っていないわ」
「…………」
「最初から、ゲームを作っている部署なんてない」
「じゃあ、シナリオ開発部は?」
「それも、人類側には存在しない」
「じゃあ何なの?」
「あなたたちが《シナリオ開発部》と呼んでいたもの」
一拍。
玲奈司令は私を見た。
「――敵よ。MACHINA」
「…………敵?」
「ええ」
「いや……意味分かんないって」
「シナリオなんて、最初から存在しないの」
「じゃあ、新しいシナリオが来たっていうのは?」
「敵が新たな攻撃を始めた」
「追加ウェーブは?」
「敵の増援」
「新エネミー実装は?」
「新型兵器の投入」
「途中でミッション条件が変わったのは?」
「戦況が変わった」
「大型レイドは?」
「大規模侵攻」
「…………」
何も言えなかった。
頭の中で、今まで聞いた言葉が全部ひっくり返っていく。
玲奈司令は、そんな私に最後の一言を告げた。
「シナリオなんてないわ」
そして。
「だって、敵が攻めてきているだけだもの」
本当に。
一個ずつ、全部違う意味だった。
「……じゃあ」
声が出ない。
「私たちが倒してたの……」
「本物の敵よ」
「でも」
思い出した。
機体が壊れた時。
「ユイナ、何回も機体壊してる」
「遠隔操縦よ」
「え?」
「AFが破壊されても、あなたたち本人に直接危害は及ばない」
「……」
「あなたたちは最初から、安全な場所にいた」
少しだけ。
本当に少しだけ息ができた。
「じゃあ」
もう一つ。
今度は、あの97%を思い出した。
「ユイナがクビになりかけたのって」
「……」
「ゲームの成績が悪いからじゃなかったんだ」
「ええ」
「でも撃破数一位だった」
「だからこそ判断が難しかった」
玲奈司令が言う。
「AFは無限にあるわけではない。破損すれば修理に部品も時間も必要になる。失った機体を、翌日に新しく一機用意できるような状況でもない」
「……予備は?」
「十分にはない」
あの選抜解除騒ぎを思い出す。
右腕がない。左脚がない。頭が半分ない。
私たちは笑っていた。
「一回の出撃で四十機倒しても、毎回一機を使えなくしていたら続かない」
「だから司令、あんなに怒ってたんだ」
「怒っていたというより、怖かったのよ」
「何が?」
「橘ユイナが、あの戦い方のまま本当の限界へ行くことが」
私は黙った。
あの時。
私とカイは、ユイナがゲーム実習をクビにならないように手伝った。
実際には。
私たちは、人類の貴重な機体を壊さず戦う方法を、三人で覚えていた。
でも。
すぐ別の疑問が浮かんだ。