四日間、私は《FRONTIER ZERO》を起動しなかった。ゲーム技能実習にも行っていない。学校には普通に通っている。
「二十八点」
「上がった!」
「百点満点だけど」
「カイは黙ってて!」
前回二十二点。今回二十八点。六点も上がった。
「次は三十点ね」
「目標低くない?」
「まず現実を見なさい」
その流れでゲームの話を口にした瞬間、三人の空気が少しだけ止まった。あの日以来、私たちは《FRONTIER ZERO》の話をほとんどしていない。
ユイナとカイは今も実習へ行っている。
私は行っていない。
玲奈司令からも、今のところ何も言われていなかった。
「今日も来ないの?」
ユイナが聞いた。
「行かない」
「まだ怒ってる?」
「怒ってない」
「怒ってるじゃない」
「呆れてるの」
「同じでしょ」
「違う」
私は鞄を持ち上げる。
ファスナーに付いたPICOが小さく揺れた。
「ゲームでストレス溜めてどうすんの」
「でも――」
「ユイナ」
私は振り返る。
「私はもうやらないから」
ユイナが口を閉じた。
その隣でカイが本から目を上げる。
「……楽しくない?」
「うん」
「なら、無理に戻らなくていい」
「カイ」
「続けるかやめるかは、ソラが決めることだから」
「じゃあまた明日」
「うん」
私は二人と別れた。
◇
学校を出て、《ひだまりの家》へ歩く。
顔を上げると、いつもの明るさが街の上を丸く包んでいた。
PICOを指で弄りながら、誰に言うでもなく呟いた。
「ゲームなんてしなくても、別に困らないし」
趣味なら他にもある。料理、スポーツ、読書。考えてみたけれど、どれも自分にはしっくりこない。
「……やっぱゲームしかなくない?」
我ながら悲しくなった。
――でも。
考えてみれば、本当にそうだった。
もっと幼かった頃。
私には、何もなかった。
勉強はできなかった。
運動もできなかった。
絵を描いても、歌を歌っても、別に上手くなかった。
周りには、何かを褒められる子がたくさんいた。
計算が速い子。足が速い子。字が綺麗な子。歌が上手い子。
私は、そのどれでもなかった。
だから子どもの頃の私は、自分のものだと思える何かが、何もないんだと思っていた。
ある日。
私たちはゲームをやらされた。
私だけじゃない。同じくらいの年齢の子は、みんなだった。
反応速度とか、判断力とか、空間認識とか。あとから聞けば、そういうものを見るためだったらしい。
当時の私は、そんなこと知らなかった。
ただ、初めて触ったそのゲームが。
楽しくて。
楽しくて仕方がなかった。
最初は壁にぶつかった。ボタンも間違えた。何度も失敗した。
それでも、もう一回やりたかった。
昨日できなかったことが、今日はできる。
負けた相手に、次は勝てる。
そうしているうちに、あっという間に上手くなった。
「ソラ、すごい!」
「もうクリアしたの?」
「上手だね」
みんなが私を見た。
大人も褒めてくれた。
初めてだった。
私にも、できることがあるんだと思えた。
だからもっとやった。もっと上手くなりたかった。
やった分だけ上手くなった。
上手くなれば、また褒めてもらえた。
そして気づけば。
ゲームを通して、ユイナとカイにも出会った。
得意なもの。
自信。
友達。
居場所。
自分のものだと思える何かがなかった私に。
ゲームは、全部をくれたのだ。
だから私は、ゲームが好きだった。
ただの暇つぶしなんかじゃない。
私が初めて、自分を好きになれる理由だった。
それでも、戻る気にはならない。
だからこそ、腹が立った。
難しいゲームは好きだ。
無理ゲーだって嫌いじゃない。
でも。
あれは違う。
上手くなったら、その分だけ敵を増やされる。
攻略したら、さらに理不尽にされる。
どれだけ頑張っても、最後には負けるように作られている。
そんなもの。
ゲームじゃない。
「ただいまー」
自動扉をくぐる。
正面に明るい色の壁。
廊下の奥から、小さな子どもたちの声が聞こえてくる。
ここが、私の住んでいる場所だ。
《ひだまりの家》。
小さい子から十四歳くらいまで、たくさんの子どもが一緒に暮らしている。
「おかえり、ソラ」
声をかけてきたのは、《ひだまりの家》で世話をしてくれている春日井真帆さんだった。
「今日は早いのね」
「ゲームやめたから」
「あら。本当に?」
「本当に。止めないの?」
「ソラが決めたことでしょう?」
あっさりしている。
「夕飯まで時間あるわよ」
「宿題する。数学二十八点だったから」
「前は?」
「二十二」
「……頑張りましょうね」
「その間なに!?」
その時。
玄関のチャイムが鳴った。
「はーい」
真帆さんが戻っていく。
私は気にせず階段へ向かおうとした。
「ソラ」
「ん?」
「あなたにお客さん」
「私?」
振り返る。
玄関に立っていた人を見て。
「……げ」
思わず声が出た。
長い黒髪。
濃紺の制服。
真っ直ぐな姿勢。
久世玲奈司令。
「人の顔を見て『げ』とは何ですか」
「だって司令が何でここにいるの?」
「あなたと話があります」
「ゲームならやらないよ」
「分かっています」
「じゃあ話ないじゃん」
「あります」
「私はない」
「七瀬ソラ」
「その言い方ずるい!」
反射的に姿勢を正してしまう。
四日会っていなかっただけなのに、身体が覚えているらしい。
真帆さんが私と玲奈司令を見比べた。
「お部屋、使います?」
「お願いします」
「ちょっと待って、勝手に話進めないで!」
「ソラ」
「何?」
「お客さんを玄関に立たせたままにしない」
「真帆さんまで!」
「二十八点」
「上がった!」
「百点満点だけど」
「カイは黙ってて!」
前回二十二点。今回二十八点。六点も上がった。
「次は三十点ね」
「目標低くない?」
「まず現実を見なさい」
その流れでゲームの話を口にした瞬間、三人の空気が少しだけ止まった。あの日以来、私たちは《FRONTIER ZERO》の話をほとんどしていない。
ユイナとカイは今も実習へ行っている。
私は行っていない。
玲奈司令からも、今のところ何も言われていなかった。
「今日も来ないの?」
ユイナが聞いた。
「行かない」
「まだ怒ってる?」
「怒ってない」
「怒ってるじゃない」
「呆れてるの」
「同じでしょ」
「違う」
私は鞄を持ち上げる。
ファスナーに付いたPICOが小さく揺れた。
「ゲームでストレス溜めてどうすんの」
「でも――」
「ユイナ」
私は振り返る。
「私はもうやらないから」
ユイナが口を閉じた。
その隣でカイが本から目を上げる。
「……楽しくない?」
「うん」
「なら、無理に戻らなくていい」
「カイ」
「続けるかやめるかは、ソラが決めることだから」
「じゃあまた明日」
「うん」
私は二人と別れた。
◇
学校を出て、《ひだまりの家》へ歩く。
顔を上げると、いつもの明るさが街の上を丸く包んでいた。
PICOを指で弄りながら、誰に言うでもなく呟いた。
「ゲームなんてしなくても、別に困らないし」
趣味なら他にもある。料理、スポーツ、読書。考えてみたけれど、どれも自分にはしっくりこない。
「……やっぱゲームしかなくない?」
我ながら悲しくなった。
――でも。
考えてみれば、本当にそうだった。
もっと幼かった頃。
私には、何もなかった。
勉強はできなかった。
運動もできなかった。
絵を描いても、歌を歌っても、別に上手くなかった。
周りには、何かを褒められる子がたくさんいた。
計算が速い子。足が速い子。字が綺麗な子。歌が上手い子。
私は、そのどれでもなかった。
だから子どもの頃の私は、自分のものだと思える何かが、何もないんだと思っていた。
ある日。
私たちはゲームをやらされた。
私だけじゃない。同じくらいの年齢の子は、みんなだった。
反応速度とか、判断力とか、空間認識とか。あとから聞けば、そういうものを見るためだったらしい。
当時の私は、そんなこと知らなかった。
ただ、初めて触ったそのゲームが。
楽しくて。
楽しくて仕方がなかった。
最初は壁にぶつかった。ボタンも間違えた。何度も失敗した。
それでも、もう一回やりたかった。
昨日できなかったことが、今日はできる。
負けた相手に、次は勝てる。
そうしているうちに、あっという間に上手くなった。
「ソラ、すごい!」
「もうクリアしたの?」
「上手だね」
みんなが私を見た。
大人も褒めてくれた。
初めてだった。
私にも、できることがあるんだと思えた。
だからもっとやった。もっと上手くなりたかった。
やった分だけ上手くなった。
上手くなれば、また褒めてもらえた。
そして気づけば。
ゲームを通して、ユイナとカイにも出会った。
得意なもの。
自信。
友達。
居場所。
自分のものだと思える何かがなかった私に。
ゲームは、全部をくれたのだ。
だから私は、ゲームが好きだった。
ただの暇つぶしなんかじゃない。
私が初めて、自分を好きになれる理由だった。
それでも、戻る気にはならない。
だからこそ、腹が立った。
難しいゲームは好きだ。
無理ゲーだって嫌いじゃない。
でも。
あれは違う。
上手くなったら、その分だけ敵を増やされる。
攻略したら、さらに理不尽にされる。
どれだけ頑張っても、最後には負けるように作られている。
そんなもの。
ゲームじゃない。
「ただいまー」
自動扉をくぐる。
正面に明るい色の壁。
廊下の奥から、小さな子どもたちの声が聞こえてくる。
ここが、私の住んでいる場所だ。
《ひだまりの家》。
小さい子から十四歳くらいまで、たくさんの子どもが一緒に暮らしている。
「おかえり、ソラ」
声をかけてきたのは、《ひだまりの家》で世話をしてくれている春日井真帆さんだった。
「今日は早いのね」
「ゲームやめたから」
「あら。本当に?」
「本当に。止めないの?」
「ソラが決めたことでしょう?」
あっさりしている。
「夕飯まで時間あるわよ」
「宿題する。数学二十八点だったから」
「前は?」
「二十二」
「……頑張りましょうね」
「その間なに!?」
その時。
玄関のチャイムが鳴った。
「はーい」
真帆さんが戻っていく。
私は気にせず階段へ向かおうとした。
「ソラ」
「ん?」
「あなたにお客さん」
「私?」
振り返る。
玄関に立っていた人を見て。
「……げ」
思わず声が出た。
長い黒髪。
濃紺の制服。
真っ直ぐな姿勢。
久世玲奈司令。
「人の顔を見て『げ』とは何ですか」
「だって司令が何でここにいるの?」
「あなたと話があります」
「ゲームならやらないよ」
「分かっています」
「じゃあ話ないじゃん」
「あります」
「私はない」
「七瀬ソラ」
「その言い方ずるい!」
反射的に姿勢を正してしまう。
四日会っていなかっただけなのに、身体が覚えているらしい。
真帆さんが私と玲奈司令を見比べた。
「お部屋、使います?」
「お願いします」
「ちょっと待って、勝手に話進めないで!」
「ソラ」
「何?」
「お客さんを玄関に立たせたままにしない」
「真帆さんまで!」



