ソラはまだ空を知らない

その二十分後。
『第三防衛区画、防衛失敗』
「カイ!?」
『……ごめん』
「謝らなくていい!」
カイの損傷率は12%。
ほとんど被弾していない。
それでも守れなかった。
敵が多すぎた。
『第一は!?』
『まだ生きてる!』
ユイナ。
「機体は!?」
『左腕と左脚がない!』
「それ生きてるって言わない!」
『右が残ってる!』
「もうその台詞聞き飽きた!」
残った防衛区画は一つ。
輸送ユニットは二機。
「まだいける」
自分に言い聞かせる。
「一個残せばいいんでしょ」
『勝利条件を確認』
玲奈司令。
「分かってる!」
第一防衛区画。
輸送ユニット。
それだけ守ればいい。
だったら。
『追加ウェーブを確認』
「…………」
赤いマーカー。
一つ。
五つ。
十。
二十。
さらに。
大型反応。
一。
二。
三。
「……は?」
私は画面を見つめた。
「ボス三体?」
『そうみたいね』
ユイナの声も、今度は嬉しそうじゃなかった。
「司令」
『何?』
「これバグ?」
『いいえ』
「本当に?」
『ええ』
「シナリオ?」
『そうです』
「三人で?」
短い沈黙。
『……そうです』
私は笑った。
「そっか」
『七瀬ソラ』
「分かった」
操縦桿を握る。
「やればいいんでしょ」
ゲームだ。
ゲームなら攻略できる。
攻略法があるはずだ。
「ユイナ、右の大型!」
『了解!』
「カイ、中央の脚!」
『撃つ』
「私は左!」
ブースト。
射撃。
回避。
近接。
また射撃。
目の前の敵を倒す。
次。
その次。
さらに次。
損傷率20%。
32%。
47%。
警告表示が増える。
「うるさい!」
消せる警告だけ消す。
必要な情報だけ見る。
敵の照準。
弾道。
仲間の位置。
残弾。
ブースト。
任務目標。
指が動く。
足が動く。
考える前に機体が動く。
『大型一機撃破』
「あと二!」
『輸送ユニット一機損失』
「まだ一機!」
最後の黄色いマーカー。
目的地まで九百。
八百。
七百。
「カイ!」
『援護中』
「ユイナ!」
『第一から動けない!』
「そのままでいい!」
六百。
五百。
いける。
四百。
『追加敵性反応』
「…………」
もう声も出なかった。
画面の端に、新しい赤いマーカーが並ぶ。
「また?」
ゲーム開発部。
いい加減にして。
三百。
敵が最後の輸送ユニットへ迫る。
「来るな!」
ブースト。
残量4%。
3%。
2%。
1%。
止まる。
「っ!」
射撃。
残弾ゼロ。
「うそ!」
武装切替。
遅い。
砲撃。
光。
『輸送ユニット――全損』
黄色いマーカーが消えた。
同時に。
『第一防衛区画、防衛失敗』
最後の青い光も消える。
画面中央に。
大きな赤い文字。
《MISSION FAILED》

実習室は静まり返っていた。誰も喋らない。耳に聞こえるのは端末の冷却音だけ。ウィーン、と小さな音を聞きながら、私は左右の操縦桿から手を離した。
「……何これ」
返事はない。
「何なの、これ」
「ソラ」
ユイナがこちらを見る。
ポニーテールは乱れ、頬には汗が浮いていた。
「ちょっと待って」
リザルトを開く。
撃破数。
今までで一番多い。
任務への貢献度。
最高。
機体操作評価。
最高。
ユイナも。
カイも。
いつも以上にいい数字。
なのに。
失敗。
全部。
「おかしくない?」
笑いが出た。
自分でも分かる。
全然面白くない笑いだった。
「こんだけやって?」
誰も答えない。
「私たち、今日下手だった?」
「違うわ」
ユイナが言った。
「じゃあ何?」
「……」
「ねえ、司令」
玲奈司令を見る。
相変わらず背筋を伸ばして立っている。
でも。
その表情は、いつもよりずっと硬かった。
「私たち、ちゃんとやったよね」
「ええ」
「手抜いてないよね」
「もちろん」
「じゃあ何これ!」
立ち上がる。
ハーネスの金具が音を立てた。
「ゲーム開発部、何考えてんの!?」
「七瀬ソラ」
「何度も言ったよ!」
止まらない。
「敵多すぎるって!」
「ソラ」
「こっち三人なんだよ!?」
机を叩く。
「三地点守らせて! 護衛させて! ボス出して! 追加ウェーブ何回来た!?」
「……」
「それで最後にまた増援!?」
自分の声が実習室に響く。
「こんなのクリアさせる気ないじゃん!」
「七瀬ソラ」
「ゲームって!」
玲奈司令を睨む。
「遊ぶものでしょ!?」
玲奈司令の唇がわずかに動いた。
でも何も言わない。
「楽しいからやるんでしょ!」
「……」
「これのどこが楽しいの?」
自分で口にした瞬間、胸の奥が痛んだ。
ゲームは、私が初めて「これならできる」と思えたものだった。だからこそ、こんなものをゲームだと言われるのが、たまらなく嫌だった。
返事はなかった。
私の方が間違っているみたいで、余計に腹が立つ。
「ゲーム開発部に言っといて」
「ソラ」
「私、もうやらない」
ユイナが立ち上がった。
「ちょっと待ちなさいよ」
「無理」
「次は勝てるかもしれないじゃない」
「次?」
私は笑った。
「また敵増えるんでしょ」
「それは……」
「もういいよ。こんなの、ただのクソゲーじゃん」
鞄を取る。
PICOのマスコットが揺れた。
いつもなら見れば少し気分が良くなるのに。
今日は何とも思わなかった。
「七瀬ソラ」
玲奈司令の声。
私は扉の前で止まる。
「何?」
「…………」
玲奈司令は何かを言おうとした。
けれど。
言わなかった。
私は待った。
一秒。
二秒。
「……何もないなら帰る」
扉を開ける。
「もうこんなクソゲー、二度とやらない!」
そのまま外へ出た。
扉が閉まる。
最後まで。
振り返らなかった。

「……本気ですかね」
しばらくして。
柏木ナオが呟いた。
ソラたち三人は、もう実習室にはいない。
大型スクリーンには、まだ赤い文字が残っていた。
《MISSION FAILED》
「きっと本気でしょうね。気持ちは痛いほどわかるわ」
玲奈は短く答える。
「ソラさん、ゲーム大好きじゃないですか」
「ええ」
「明日になったら、ケロッとして来たりしません?」
「どうかしらね、ゲームが好きだからこそ許せないんでしょ」
ナオは端末を操作する。
「今回の結果です」
数字が並ぶ。
「七瀬ソラ、過去最高の撃破数。作戦遂行量も過去最高」
「……そう」
「橘ユイナも水城カイも同じです」
「ええ」
「三人とも過去最高クラスの成績を出して、それでも失敗」
ナオは息を吐いた。
「さすがに今回のシナリオ、無茶苦茶でしたね」
「仕方ないでしょう」
玲奈はモニターを見たまま言った。
「シナリオ開発部がそういうシナリオを書いたんだから」
「……ですよね」
「私たちが決められることではないわ」
ナオが別の資料を開く。
「ゲーム開発部の事前予測も外れてました」
「どの程度?」
「敵規模1.6倍の予測でしたが、最終的には2倍を超えています」
「そう」
「追加ウェーブも想定以上」
「次は?」
ナオの手が止まった。
「もう来ています」
玲奈が顔を上げる。
「シナリオが?」
「はい」
「早いわね」
「本当に仕事熱心ですよね、シナリオ開発部」
「……そうね」
玲奈は目を伏せた。
「少しくらい休めばいいのに」
「え?」
「何でもないわ」
ナオは首をかしげながら、次のデータを表示する。
「次回は今回よりさらに規模が大きくなる可能性がある、とゲーム開発部から」
ナオはそこで資料を閉じかけ、思い出したように別の画面を開いた。
「それと、真田主任のところから例の高出力機動ユニットの報告が」
玲奈の目がわずかに動く。
「進んだの?」
「試作段階までは。ただ、出力を上げると姿勢制御が追いつかないそうです」
「七瀬ソラの飛行ログは?」
「全部渡してあります。本人が散々出してくれたブースト要望も」
「……そう」
「もし形になったら、本人は喜びそうですね」
「そうでしょうね」
玲奈は笑わなかった。
「完成させて。できるだけ早く」
「了解です」
「七瀬ソラ抜きで?」
「現状では……橘ユイナさんと水城カイさんの二名になります」
玲奈は何も言わない。
「司令」
「何?」
「どうします?」
スクリーンには、次のシナリオを示す赤い表示が増え続けている。玲奈はそれを見つめ、長い沈黙のあとに口を開いた。
「……今日は終わりにしましょう」
「でも」
「終わりよ」
ナオはそれ以上何も言わなかった。
「分かりました」
一礼し、部屋を出ていく。
扉が閉まった。
一人になった玲奈は、もう一度ソラのリザルトを開いた。
撃破数。
作戦遂行量。
機体損傷率。
十四歳の少女が出したとは思えない数字。
その横に。
《MISSION FAILED》
「……あなたは悪くないわ」
誰もいない部屋で、玲奈は呟いた。
画面を消す。
黒くなったモニターに、自分の顔が映った。
「悪いのは――」
そこまで言って。
玲奈は口を閉じた。