ソラはまだ空を知らない

『ソラ、第一中継点を無視』
「了解!」
『ユイナ、正面へ』
『敵いるわよ!?』
『だから』
『説明短すぎ!』
ミッション開始から七分。
私は敵をほとんど倒さず、街の中を走り回っていた。
軽量型AF。
武器は最低限。
その代わり、速い。
「これちょっと好き!」
『ソラ、右折』
「はいはい!」
右へ。
敵が私を追う。
先頭は四脚型。平たい装甲の奥で赤いセンサーが点滅し、細い脚を恐ろしい速さで畳んでは伸ばしてくる。
その後ろから人型が二機。瓦礫を踏み越えるたび上半身だけをこちらへ向け、長銃の照準を外さない。さらに上では飛行型が一機、ビルの壁すれすれを旋回して逃げ道を塞ごうとしていた。
「カイ、これ本当に集めて大丈夫な数!?」
『大丈夫にする』
「言い方が怖い!」
一機。
三機。
六機。
「めっちゃ来てるけど!?」
『そのまま』
「カイ!?」
『あと五秒』
「何が!?」
『三、二、一』
遠くで爆発。
追ってきていた敵の側面へ砲撃が入った。
ユイナだ。
『まとめて十機!』
「そういうこと!?」
『第一中継点、空いた』
カイのAFが別方向から滑り込む。
起動。
《RELAY 1 ONLINE》
「カイ、自分で取った!」
『うん』
『ちょっと! 私が囮みたいじゃない!』
「実際そうなんじゃない?」
『ソラもでしょ!』
『次、第二』
「聞いてない!」
でも。
面白かった。
いつもと同じマップ。
いつもと同じ敵。
なのにやっていることが全然違う。
カイが敵の動きを読む。
私が動かす。
ユイナが叩く。
三人の位置が、パズルの駒みたいに噛み合っていく。
『第二地点、敵増加』
「どれくらい?」
『想定より多い』
「また!?」
『追加ウェーブ』
玲奈司令の声。
「ゲーム開発部!」
『今はいい』
カイが言った。
「え?」
『増えたなら、使える』
声が。
少しだけ弾んでいた。
『ソラ、全部引きつけて第三へ』
「全部!?」
『ユイナは第二を取る』
『了解!』
「ちょっと待って、私だけ仕事おかしくない!?」
『ソラならできる』
「そういう褒め方ずるい!」
ブースト。
曲面モニターの景色が流れる。
敵が追ってくる。
赤いマーカーが増える。
十。
十五。
二十。
「多い多い多い!」
『そのまま』
「カイ!」
『あと少し』
第三中継地点が見える。
その瞬間。
『今、左』
私は機体を急旋回させた。
追ってきた敵が一斉にこちらへ向きを変える。
その側面。
建物の影からカイのAF。
射撃。
一機ではない。
足元の構造物。
爆発。
瓦礫が崩れ、敵の進路を塞ぐ。
「うわ!」
『第三、入る』
カイがその隙を抜けた。
《RELAY 3 ONLINE》
ほぼ同時。
『第二、確保!』
ユイナ。
《RELAY 2 ONLINE》
残り時間。
四分十二秒。
画面中央。
《MISSION COMPLETE》
「やった!」
私は操縦桿から手を離した。
「カイ!」
『何』
「今のすごくない!?」
『予定通り』
「嘘。追加ウェーブ予定になかったじゃん」
『途中で変えた』
「じゃあすごいじゃん!」
『そう?』
「そう!」
ユイナの声。
『ねえカイ』
『何』
『今、笑ってない?』
沈黙。
「え、マジ!?」
『笑ってない』
『絶対笑った!』
「見たかった!」
『通信切る』
「逃げた!」

実習終了後。
リザルトは《S》だった。
撃破数はユイナが一位。
任務達成率は全員100%。
カイの損傷率は1%。
「で?」
私はカイの前へ立つ。
「何」
「楽しかった?」
「……」
「約束したよね。楽しくなかったら止めないって」
「逆。楽しくなくても止めないって言ってたのはユイナ」
「細かい!」
「私はまだ止めるわよ」
「ユイナ黙って!」
カイが鞄を開く。
中から参加辞退届を取り出した。
玲奈司令を見る。
「水城カイ」
「はい」
「提出しますか?」
「……」
カイは紙を見る。
少しだけ考えて。
半分に折った。
でも。
司令には渡さなかった。
そのまま鞄へ戻す。
「今日は出さない」
玲奈司令は、そこで笑いもしなかったし、安心した顔もしなかった。
「分かりました」
「……それだけ?」
今度はカイが聞いた。
「それ以上、何を言えばいいの?」
「続けろ、とか」
「言いません」
司令は机の端に置かれた辞退届を見る。
「明日になって、やっぱり辞めたいと思ったら持ってきなさい」
「止めない?」
「止めません」
「司令、冷たくない?」
「逆よ」
玲奈司令の目が、私たち三人を順番に見る。
「続ける時も、辞める時も、自分で決めたと言えるようにしておきなさい」
カイはしばらく黙っていた。
「……分かった」
「ただし」
「何」
「続けると決めた日の実習で手を抜くことは認めません」
「それはしない」
「なら結構」
「やっぱ司令だ」
「何か文句が?」
「ないです!」
「今日は?」
「今のところ」
「素直に続けるって言いなよ!」
「嫌」
「じゃあ楽しかった?」
「……少し」
「よし!」
私は拳を握った。
「何でソラが喜ぶの」
「三人の方が楽しいから!」
言ってから、少し照れた。
ユイナが笑う。
「そうね」
カイは何も言わなかった。ただ、いつもよりほんの少しだけ口元が緩んでいた。
「でも」
「何?」
「勝てるのと、楽しいのは別」
「うん」
私は頷いた。
その時の私は。
その言葉を、ただ当たり前のこととして聞いていた。
自分が同じ理由で、この場所を出ていくことになるなんて。
まだ知らなかった。