パン屋で始まる年の差恋愛

東京の下町に佇む小さなパン屋。末山愛斗は、まだ街が眠りについている朝五時に目を覚ます。
厨房の暖房を入れ、小麦粉の袋を開け、ミキサーの音が静かな朝に響く中、今日のパンを一つひとつ丁寧に焼き上げていく。
十時のオープンまでに、全てのパンを棚に並べ終える。
レジ打ちをしたり、焼きたてのパンを陳列し直したり——立ちっぱなしの作業で朝も早く、決して楽な仕事ではない。
だけど愛斗は、パンを作ることが心から好きだった。そして何より、店に来てくれるお客さんたちとの時間を、いつも楽しみにしている。
中でも一番の楽しみは、常連の原淳子が来ることだ。
淳子は元サーカスのメンバーで、今は兄の央介と結成したユニットトゥーボイスのメンバーとして、歌手活動を続けている。
愛斗は子供の頃からサーカスが大好きで、淳子がサーカスを引退したと聞いたときは、本当に寂しく思っていた。
だけど今年、サーカス四十五周年記念の企画で淳子がYouTubeに登場し、歌手として活動していることを知ったときは、思わず胸が躍った。もちろん淳子のYouTubeチャンネルにも、すぐに登録を済ませた。
——十時。開店の時間を迎える。
扉の看板を「OPEN」に変え、愛斗は焼きたてのパンを棚に並べていく。しばらくすると、扉のベルが軽やかな音を立てた。
「おはよう、愛斗くん」
見慣れた笑顔がそこにあった。
「おはようございます、淳子さん!」
愛斗は思わず声が弾む。
ちょうど焼き上がったばかりのパンを手に取り、目を輝かせて差し出す。
「あ、これ、できたてなんです。よかったらどうぞ!」
「わあ、ありがとう! ちょうど食べたかったから、嬉しいな」
淳子がそう言って受け取ると、愛斗は胸がいっぱいになる。
「どういたしまして!」
レジで会計を済ませるまで、二人は他愛もない話を続ける。トゥーボイスの新しい曲のこと、YouTubeの撮影のこと——少しずつ話せることが増えていくたびに、愛斗の胸は高鳴る。
仕事が終わり、店を閉めて家に帰ると、店長から一つの頼まれごとを思い出した。 
——「愛斗が考えたオリジナルのパンを、新商品として作ってみないか?」
嬉しい申し出だった。だけど、いくら考えても、しっくりくるアイデアが浮かばない。愛斗は机に向かい、パンの構想を練る。だけど頭の中に浮かんでくるのは、いつも淳子のこと、サーカスのことばかりだ。
——そうだ。
ふと、閃いた。淳子がサーカスで歌っていた歌、トゥーボイスのステージ、そしていつも笑顔で自分に話しかけてくれる彼女の姿——その全てを一つのパンに込めよう。
愛斗はレシピ帳にデザインを描き始める。
ハート型のパンをベースに、左側にはコーンとハムを彩りよく並べ、右側にはふっくらと焼いた卵とマヨネーズを。上からもマヨネーズを細く絞って模様を描き、最後にバーナーでマヨネーズに軽く炙り焼きを入れる。香ばしい香りが広がり、ハートの形がより一層引き立つように——。
「これだ……」
愛斗はそのデザインを見て、心から微笑む。淳子のように、明るくて温かくて、誰かを笑顔にするパン。それが自分の作りたかったものだ。
その夜、愛斗は何度もそのデザインを見返し、明日の朝の焼き上がりを心待ちにしながら、眠りについた——。
朝になり起きてから愛斗は仕事に行く準備をした。
仕事に行く準備をしてから愛斗は朝ごはんを
食べた。
朝ごはんを食べてから愛斗は仕事に行った。