かけがえのない宝石(きみ)にたどり着く、僕の旅の物語


昼休みのアクシデント——話光(はなし・ひかり)がみんなの目の前で奇跡のようにタコさんウインナーの入った弁当を差し出してきた騒動——の後、浅美(あさみ)は残りの授業時間を不安な心地で過ごした。クラスメイトたちの探るような視線が、本当に首筋を寒くさせた。

(誰かに問い詰められる前に、早く帰らなきゃ……)

電光石火の手つきで教科書を鞄に押し込み、肩に担ぐと、急いで教室を飛び出した。光の席のほうにはあえて視線を向けない。彼の集中力はただ一つ、一刻も早く学校の敷地から抜け出すことだけだった。

足早に廊下を通り抜け、ようやく学校の正門にたどり着く。門の外に足を踏み入れた瞬間、浅美は安堵の息をついた。胸をポンポンと優しく叩く。

「よくやった、浅美。生き残ったぞ」

自分自身に呟く。

「何から生き残ったの、浅美くん?」

浅美は跳び上がらんばかりに驚いた。門の柱の脇に、きちんとした制服姿で夕風に髪をなびかせた少女が立っていた。唇には甘い微笑みを浮かべている。言うまでもなく、話光だった。

「は、話さん?! いつからそこにいたの?」

「さっきからだよ〜。浅美くんを待つために、わざと先に出てきたの。鞄片付けるの遅すぎだよ」

「待つ……僕を? 何のために?」

「もちろん、一緒に帰るためだよ! いこっ!」

迷いなく光が先に歩き出し、振り返って手を振った。浅美の顔が一気に熱くなる。周囲では下校途中の生徒たちがコソコソと噂話を始めていた。

「話さん、これは……ヤバいよ。僕たちがこんなふうに二人で歩いてるのを見られたら、変な噂が立っちゃう」

「変な噂? 例えば……私達、付き合ってる……とか?」

「バ、バカなこと言わないでよ!」

光は楽しそうにクスクスと笑い、わざと距離を詰めて腕が触れ合うほどの至近距離を歩き始めた。

「それにさ、噂になったからって何なの? お昼のお弁当だけで十分騒ぎになったんだから、毒を食らわば皿まで、でしょ?」

二人は夕暮れの街を並んで歩く。

「そういえばさ、浅美くん……お昼のお弁当、味、どうだった?」

「美味しかった」浅美は前を見つめたまま、頬の赤さを隠しながら答えた。

「すごく、美味しかった。ありがとう」

光はパッと満面の眩しい笑顔を咲かせた。彼にとって、隣にいる少女は夕暮れの中で宝石のように輝いて見えた。

やがて二人は交差点に差し掛かる。

「一緒に帰ってくれてありがとう、浅美くん。また明日、教室でね。それと……覚悟しておいてね。明日はお弁当、ラウンド2があるから」

光は手を振って去っていった。浅美はその場に立ち尽くし、激しく打つ胸を押さえた。

家に帰り着くと、静まり返った部屋で浅美はベッドに倒れ込んだ。頭の中では「お弁当ラウンド2」という言葉が渦巻いている。

(どうやってプライベートを守り、モブとして生き残ればいいんだ……?)

毛布にくるまって悶絶する。だが、胸の奥にあった冷たい孤独が、彼女の純粋な優しさによって少しずつ溶かされていくのを感じていた。

台所でカップ麺を食べながら、窓の外を眺める。

(なぜ僕なんだろう?)

『かわいそうだから一緒にいるんじゃないよ!』

もし彼女が僕の灰色の世界に降りてきてくれたのなら、男として、いつまでも影に隠れているわけにはいかない。



翌朝、鏡の前で丁寧に制服を整え、清陵高校の門をくぐる。

正門を過ぎると、周囲の空気は一変した。廊下には冷ややかな視線と噂話が満ちている。

「へい、浅美。ちょっと面貸せよ。体育館の裏まで来い」

バスケ部主将のタカハシ・リョウタが立ちはだかった。だが、浅美は拳を強く握りしめ、リョウタの目を真っ直ぐに見え返した。

「断る、タカハシくん。くだらない用事なら時間の無駄だ。僕は教室に行く」

「んだと……! 光さんに構われて調子に乗ってんじゃねえぞ!」

リョウタが激昂し、浅美の胸ぐらを掴み上げた。だが、浅美はその手を力強く振り払った。

「手が汚れるよ、タカハシくん。毎朝そんな不毛な話をするなら他を当たってくれ」

静かだが毅然とした声。リョウタが呆然とする中、浅美は胸を張って教室へと歩き去った。

教室に入ると、親友のダイキが目を丸くして飛んできた。

「おい浅美! お前マジでリョウタに言い返したのかよ!?」

「ただ、臆病者でいるのに疲れただけさ」浅美は静かに笑った。

そして——昼休みのチャイムが鳴り響く。

「浅美くん……!」

クラスの視線が集まる中、桃色の弁当箱を持った光が満面の笑みでやってきた。隣の席に腰掛け、蓋をパッと開ける。

「じゃーん! 約束通り、お弁当ラウンド2だよ!」

そこには可愛らしいクマさんの形をしたおにぎりが並んでいた。浅美は驚くクラスメイトたちを気にすることなく、ゆっくりと箸を取った。

「いただきます、話さん」

もう、彼の世界は灰色のモノクロではない。目の前で輝く宝石と共に、新しい物語が動き始めていた。

手を繋いだまま、私たちはゆっくりと歩き出した。さっきまでの緊張が嘘のように、光の体温が手のひらから伝わってきて、胸の奥がじんわりと温かくなる。

「ねえ、浅美くん」

「ん?」

「私ね、ずっとこうしてみたかったんだ」
光は少し照れくさそうに笑いながら、繋いだ手を小さく揺らした。

「学校ではみんなの視線があるから、素直になれなくて……。でも、こうやって二人きりで帰れるなら、噂なんていくら立てられても気にしないよ」

「僕は……まだ少し怖いけどね」
正直に呟くと、光はくすっと笑った。

「大丈夫。私がついてるから」

その言葉には、不思議と心を落ち着かせる力があった。
やがて、夕闇が本格的に街を包み込み始める頃、私たちはそれぞれの家へと続く分かれ道にたどり着いた。

繋いでいた手を離す瞬間、少しだけ名残惜しさが胸をかすめる。

「じゃあね、浅美くん。明日も楽しみにしてるから!」

「うん。気をつけて帰ってね、話さん」

光は大きく手を振ると、軽やかな足取りで坂道を登っていった。彼女の背中が見えなくなるまで見送ってから、私も自分の家へと足を進めた。



静まり返った自室に戻り、鞄を床に置くと、私はそのままベッドに倒れ込んだ。
天井を見つめながら、右手のひらを見つめる。まだそこに光のぬくもりが残っているような気がした。

「……本当に、信じられないな」

つい最近まで、僕の世界はモノクロで、誰にも気づかれない

「モブ」として生きていくはずだった。それなのに、学校一の美少女である彼女が、僕の手を握り、真っ直ぐな瞳で微笑んでくれる。

(僕なんかが、彼女の隣にいていいんだろうか……)

そんな不安が完全に消えたわけではない。明日になれば、また学校で周りからの視線や噂話に晒されるかもしれない。タカハシくんたちからの邪魔が入る可能性だってある。

けれど、胸を打つ鼓動は、もう恐怖によるものではなかった。

「逃げないって、決めたんだから」

俺の人生の暗闇を優しく照らしてくれる——本物の『宝石』の笑顔だけだ。