こいがえり ――変わってしまった君と、変わらない私。

けれど。




 約束をしても。




 どうしても叶わないことがある。




 小学校の遠足の日。




 雫は、ずっと前から楽しみにしていた。




「海行くんだよ!」




 遠足の一週間前。




 雫は蓮に何度も言っていた。




「知っとる」




「お弁当も作ってもらうの!」




「知っとる」




「バスにも乗るの!」




「それも知っとる」




「海で貝殻拾うの!」




「それも聞いた」




「いっぱい拾うの!」




「……何回言うねん」




「楽しみだから!」




 雫は本当に楽しみにしていた。




 遠足なんて、久しぶりだった。




 学校のみんなと。



 同じバスに乗って。



 同じ場所へ行って。




 同じ時間を過ごす。




 それだけのことが。




 雫には、とても特別だった。




 ――なのに。




 遠足の前日。




「……ごめんなさい、雫ちゃん」




 母親の声が聞こえた。




「……」




 雫はベッドの中にいた。




 顔が熱い。




 体が重い。




 熱が下がらなかった。




「……遠足」




「……」




「行きたかった」




 雫の声が震える。




「……みんなと」




 母親が雫の頭を撫でる。




「また次があるよ」




「……次、いつ?」




「……」




「また行ける?」




 母親は答えられなかった。




 雫は布団の中で泣いた。




 声を出さないように。




 何度も目を擦りながら。




「……やだ」




 そして。




 遠足の日。




 雫は家で寝ていた。




 学校のみんなは。




 きっと今頃バスに乗っている。




 きっと笑っている。




 海を見ている。




 雫も行きたかった。




 窓の外を見る。




「……」




 その時。




 ピンポーン。




「……?」




 しばらくして。




 母親の声がした。




「雫ちゃんー」




「……なに?」




「お客さんよ」




「……誰?」




 部屋の扉が開く。




「……よっ」




「……!」




 雫の目が大きくなる。




「蓮くん!?」




「うるさい」




「なんでいるの!?」




「遠足終わったから」




「……」




「早く来たらあかんかった?」




「違う!」




 雫が慌てて体を起こそうとする。




「こら!」




 蓮が止める。




「寝とき」




「でも!」




「熱あるんやろ」




「……」




「ほら」




 蓮は、雫のベッドの近くに座った。




「……楽しかった?」




 雫が小さく聞く。




「……」




「海、綺麗だった?」




「まあな」




「貝殻、いっぱいあった?」




「……あった」




「……そっか」




 雫は笑おうとした。




 けれど。




 少しだけ泣きそうになった。




「……私も行きたかったな」




「……」




「……みんなと」




 蓮は、ポケットに手を入れた。




「……ほら」




「え?」




 差し出された手。





「手、出して」




「……うん」




 雫が小さな手を出す。




 その手のひらの上に。




 ころん。




 小さなものが乗った。




「……」




「……貝殻」




 雫の目が大きくなる。




「……海の?」




「そう」




「……これ」




「雫、貝殻拾いたい言うとったやろ」




「……」




「探してきた」




「……私のために?」




「……別に」




「蓮くん」




「……たまたま見つけただけや」




「嘘」




「なんでや」




「絶対、探してくれた」




「……」




「だって蓮くん、優しいもん」



「……うるさい」



 蓮が少しだけ顔を逸らす。




 雫は、手のひらの貝殻を見る。




 小さな。




 小さな貝殻。




 でも。




 雫にとっては。




 世界で一番、嬉しい贈り物だった。




「……ありがとう」




「うん」




「……宝物にする」




「そんな大げさな」




「大げさじゃない」




 雫は貝殻をぎゅっと握った。




「絶対、なくさない」




「……」




「ずっと持ってる」




 蓮は雫を見る。




「……ほんま?」




「ほんと」




「大人になっても?」




 雫は笑った。




「うん!」




「……」




「蓮くんがくれたものだから」




 蓮は、少しだけ笑った。




「……じゃあ、約束やな」



「約束」




 その日から。




 その貝殻は。




 雫の宝物になった。