まだ、雫が小さかった頃。
雫は、周りの子たちより少しだけ体が弱かった。
「雫ちゃん、今日はお外で遊ぶのやめておきましょうね」
「えー……」
「昨日も咳が出てたでしょう?」
「もう大丈夫だもん」
「本当に?」
「ほんと」
小さな雫は、両頬をぷくっと膨らませる。
目の前にいる母親は、困ったように笑った。
「でもね、今日はゆっくり――」
ピンポーン。
「……あ」
雫の顔が、一瞬で明るくなる。
「来た!」
「雫ちゃん、走らな――」
「れんくん!!」
「雫ちゃん!」
母親の制止も聞かず。
雫はぱたぱたと玄関へ向かった。
「走らないって言ったでしょ!」
「転ばないもん!」
「前も同じこと言って転んだでしょう!」
「今日は大丈夫ー!」
玄関の扉を開ける。
「れんくん!」
「……」
そこにいた男の子は。
雫の顔を見るなり、少し眉をひそめた。
「……お前、また咳しとるん?」
「え?」
「さっき聞こえた」
「聞こえてたの?」
「聞こえるわ」
「大丈夫だよ」
「ほんまに?」
「うん!」
「……怪しいな」
「怪しくないもん」
雫の幼なじみ。
蓮。
小さな頃から、いつも雫の隣にいた男の子だった。
同い年なのに。
なぜか少し大人びている。
雫が転びそうになれば、先に手を掴む。
雫が咳をすれば、すぐに顔色を見る。
雫が少しでも元気がなければ。
誰より先に気付く。
「今日は何して遊ぶの?」
雫が聞くと。
「……雫のお母さん、今日あんまり外出たらあかん言うとったで」
「えっ」
雫が固まる。
「聞いてたの?」
「聞こえた」
「蓮くん、耳いいね」
「そういう問題ちゃうやろ」
「でも、公園行きたい」
「雫」
「行きたい」
「……」
「蓮くんと遊びたい」
雫が上目遣いで言う。
蓮は少しだけ黙った。
「……ちょっとだけやで」
「ほんと!?」
「しんどくなったらすぐ帰る」
「うん!」
「約束やで」
「約束!」
雫は嬉しそうに頷いた。
母親が後ろから。
「蓮くん、雫のことお願いね」
と言うと。
「はい」
蓮は、まだ小学生とは思えないくらいしっかりした返事をした。
「……でも、しんどくなったらすぐ帰ります」
「ふふ。ありがとう」
「お母さん!」
雫が慌てる。
「私、大丈夫だよ!」
「うんうん、分かってる」
「ほんとに!」
「はいはい」
「……もう」
雫が頬を膨らませると。
蓮が、ふっと笑った。
「行こか」
「うん!」
そうして。
二人はいつもの公園へ向かった。
