モールの片隅で咲く恋

朝のショッピングモールはまだ人の気配が少なく、清掃の時間帯だった。 
愛斗はモップを片手に裏のゴミ置き場へ向かう。
そこへ、美容室の男性がやってきて、分別も確認せずにゴミを捨てようとした。
「ちょっと待ってください。燃えるゴミと燃えないゴミはきちんと分けて捨ててください」
崎山慈がすかさず前に出て、注意した。彼女はいつも、ルールを守らない人にははっきりと言う。 
だから時々、きつい人だと思われることもあった。
「面倒くさいなあ。別にいいだろう」
男性は聞く耳を持たず、そのまま立ち去ろうとする。
慈はさらに言い返そうとしたが、その前に愛斗が歩み出た。
「すみません、こちらに新しいゴミ袋がありますので、分けていただけますか。他の方の迷惑にもなりますので」
愛斗は穏やかだが、譲らない眼差しで男性を見る。
男性は渋々立ち止まり、ゴミを分別し始めた。
作業が終わると、何も言わずに不機嫌そうに足早に去っていった。
「ありがとう、愛斗くん。本当に助かったよ。私だけだったら、言い合いになってたかもしれない」
「どういたしまして。慈さんも、いつもありがとうございます」
「…え? ありがとう、だなんて。照れるなあ」
慈は少しだけ頬を染め、笑った。二人はそのままスタッフルームへと向かった。
スタッフルームで清掃服に着替え、手袋をはめると、すぐに現場へ出る。愛斗はエレベーターの扉から床まで、手の届く範囲を丁寧に拭き上げる。
次に通路のモップがけ、ゴミ回収、窓拭き…。一つひとつの作業を手を抜かずに続け、気づけば一日の業務が終わっていた。外はもう真っ暗になっている。
「お疲れ様」
「お疲れ様でした」
スタッフルームで着替えを済ませ、愛斗は家へと帰宅した。
そして翌日。 
愛斗は叶山正子、淳子、央介と一緒に、街のホールで開かれるダンスの大会を見に来ていた。
演技が終わり、観客席で感想を話し合っていると、ふと見慣れた姿が目に入った。
崎山慈だった。普段の清掃服姿とは違う、落ち着いた私服に、少し髪を巻いている。
「こんにちは、慈さん」
愛斗が声をかけると、慈は驚いたように目を見開き、それから嬉しそうに微笑んだ。
「あら、愛斗くん。こんにちは。ダンス、見に来てたの?」
「はい、友達と一緒に来ました。慈さんもですか?」
「うん、前から気になってた大会だったの。まさかここで愛斗くんに会えるなんて、すごい偶然だね」
愛斗は慈の服装を見て、素直な気持ちを伝えた。
「私服姿、すごく似合ってますね。そういうナチュラルなファッション、よく似合います」
「えっ、ありがとう。そう言ってもらえると、すごく嬉しいな」
少しだけ間が空いた。慈は何か言いたそうに指を絡め、思い切ったように顔を上げた。
「…あの、よかったら明日、空いてますか?」
「え? 明日ですか?」
「うん。植物園に一緒に行きませんか? 実は私、苔が大好きで。そこの植物園には、珍しい種類の苔がたくさん展示されてるって聞いたの」
愛斗は笑顔で頷いた。
「いいですよ。行きましょう」
「本当!? よかった、ありがとう! 本当にたくさん苔があるんですよ、きっと楽しいと思う」
「苔、好きですよね。知ってました」
「えっ、なんで? そんな話、したことないよね?」
慈は驚いて首をかしげる。愛斗は優しく説明する。
「カバンにつけてるキーホルダー、苔のデザインのものですよね。それに、休憩室で苔の図鑑を読んでいるのも、何度か見かけましたから」
慈は目を大きく開き、それから少し照れたように笑った。
「…そっか。そんなところまで見てくれてたんだね。愛斗くんって、本当によく気がつくね。ありがとう」
二人は連絡先を交換し、明日の待ち合わせ時間と場所を決めた。慈は嬉しそうに手を振って、会場を後にした。
慈の姿が見えなくなるのを見届けてから、正子が愛斗の肩を軽くたたいた。
「ああいう女性がタイプなんだね、愛斗くん」
「うん、そうだよ。はっきりしてて、でも優しくて…いい人だなって思ってた」
「積極的なんだね。誘うなんて、勇気がいったと思うよ」
愛斗は少し照れくさそうに笑い、頷いた。
「うん。明日、楽しみだな」
四人はそのまま近くの喫茶店へと歩き出した。窓の外の街灯が道を照らす中、愛斗の胸は、明日の待ち合わせのことを思うと、ほんのりと温かくなっていた。