奏とゆかりが付き合い始めてから、三度目のデート。
待ち合わせ場所に現れたゆかりを見て、奏は笑った。
「今日、遅かったな」
「三分だけじゃん」
「三分でも遅刻は遅刻」
「細かい男は嫌われるよ?」
「彼氏に言う?」
「ふふっ」
ゆかりが奏の腕に自分の腕を絡める。
「これで許して」
「……許す」
「早っ」
二人で笑った。
前回よりも、ずっと自然だった。
手をつなぐことも。
肩が触れることも。
ふとした瞬間に目が合って笑うことも。
恋人でいることに、少しずつ慣れてきていた。
夜。
二人は、前にも来たホテルにいた。
「奏くん、前より緊張してないね」
「そりゃ二回目だからな」
「ふぅん」
「何だよ」
「別にぃ」
ゆかりが笑う。
奏はその顔を見ながら、少しだけ照れくさそうに笑った。
「なあ」
「ん?」
「俺さ」
「うん」
「こういうのも嬉しいけど……普通に一緒にいるだけでも楽しい」
ゆかりが奏を見る。
「何それ」
「いや……何となく言いたくなった」
「変なの」
そう言いながら、ゆかりは奏の肩にもたれた。
奏はその頭に頬を寄せる。
静かな時間だった。
そのあと二人はキスをして、長い時間を一緒に過ごした。
深夜。
奏は眠っていた。
規則正しい寝息だけが、薄暗い部屋に聞こえている。
ゆかりは目を開けた。
隣を見る。
「……奏くん?」
返事はない。
もう一度。
「奏くん」
やはり返事はなかった。
ゆかりはしばらく奏の寝顔を見つめていた。
やがて、ゆっくりと身体を起こした。
同じころ。
真司はコンビニにいた。
深夜の店内は静かだった。
時折、車が駐車場へ入ってくる。
客が商品を買い、また出ていく。
その繰り返し。
真司はレジの中で大きくあくびをした。
スマートフォンを見る。
メッセージは来ていない。
画面を消す。
しばらくして、真司はバックヤードへ入った。
どれくらい時間が経ったのだろう。
店内には誰もいなかった。
レジにも。
バックヤードにも、人の声はない。
ただ、機械の低い音だけが続いていた。
ゆかりは夜空を見上げた。
雲が広がっている。
星は、一つも見えなかった。
しばらく空を眺めてから、ぽつりと呟く。
「……今日も、星見えないなぁ」
しばらくして。
ホテルの部屋で、奏が目を覚ました。
隣に手を伸ばす。
誰もいない。
「……ゆかり?」
身体を起こしたとき、浴室のほうから音が聞こえた。
シャワーの音。
奏は安心して、もう一度枕へ頭を落とした。
しばらくして浴室の扉が開く。
「起きた?」
ゆかりだった。
「今、起きた」
「気持ちよさそうに寝てたね」
「俺、そんな寝てた?」
「 ううん、5分くらいかな?」
ゆかりが笑う。
奏は欠伸をしながら起き上がった。
「俺もシャワー浴びよ」
「うん」
奏が浴室へ向かおうとすると、ゆかりがその腕を掴んだ。
「奏くん」
「ん?」
「一緒に入ろっか」
奏が一瞬固まる。
「……え?」
「嫌?」
「嫌じゃない」
また即答だった。
ゆかりが笑った。
シャワーを浴びながら、ゆかりが言った。
「ねえ、奏くん」
「ん?」
「次のデートさ」
「うん」
「プラネタリウム行きたい」
奏が少し意外そうな顔をする。
「プラネタリウム?」
「うん」
「星、好きなの?」
ゆかりは少しだけ黙った。
「……見たいの」
「星?」
「うん」
奏は笑った。
「じゃあ行こう」
「ほんと?」
「次、そこな」
「約束?」
「約束」
ゆかりが笑った。
奏も笑った。
それ以上、奏は理由を聞かなかった。
そのころ。
コンビニの自動ドアが開いた。
哲平だった。
店内を見回す。
「……店長?」
返事がない。
哲平はレジの奥を見る。
誰もいない。
「真司さん?」
少し苛立ったように呼ぶ。
それでも返事はなかった。
哲平は奥へ進んだ。
そして――足が止まった。
「……え?」
一瞬、何を見ているのか分からなかった。
「店長?」
返事はない。
哲平の顔から血の気が引いていく。
「嘘だろ……」
後ずさる。
自分がここへ来た理由。
真司と揉めていたこと。
店を辞めさせられたこと。
以前、警察から事情を聞かれたこと。
全部が一気に頭をよぎった。
「……俺じゃない」
誰も聞いていない。
「俺じゃねえから……」
哲平は踵を返した。
バックヤードではなく、売り場へ。
そのまま自動ドアを抜け、店の外へ走っていった。
天井の防犯カメラが、その姿を映していた。
その少し前。
かの子の家の電話が鳴った。
こんな時間に誰だろう。
不審に思いながら受話器を取る。
「はい」
雑音。
そして、聞き慣れない声。
男なのか女なのかも分からない。
「……もしもし?」
『ご主人――』
かの子の表情が変わる。
『鮎田ゆかりさんと、まだ切れてませんよ』
「……え?」
『今でも会っています』
かの子の手が震えた。
「誰なの?」
返事はない。
「あなた、誰!?」
電話は切れた。
かの子はしばらく受話器を握ったまま動けなかった。
――お前を選ぶ。
真司の言葉が蘇る。
ドライブへ行った。
一緒に笑った。
最近は、以前の二人に戻れたと思っていた。
「……嘘よ」
受話器を置く。
「真司……」
かの子はバッグを掴んだ。
コンビニの駐車場へ入ったとき、一人の男が走っていくのが見えた。
「……武藤くん?」
哲平だった。
声をかける間もなく、哲平は暗闇へ消えていく。
何かがおかしい。
胸騒ぎがした。
かの子は店へ入った。
「真司?」
返事がない。
「真司!」
レジには誰もいない。
かの子は早足で奥へ向かう。
「真司、いるんでしょ?」
そして。
かの子の足が止まった。
手からバッグが落ちる。
「……真司?」
返事はなかった。
「ねえ……」
一歩近づく。
「真司……?」
震える声。
何ヶ所物刺し傷を見て次の瞬間。
店内に、かの子の悲鳴が響いた。
待ち合わせ場所に現れたゆかりを見て、奏は笑った。
「今日、遅かったな」
「三分だけじゃん」
「三分でも遅刻は遅刻」
「細かい男は嫌われるよ?」
「彼氏に言う?」
「ふふっ」
ゆかりが奏の腕に自分の腕を絡める。
「これで許して」
「……許す」
「早っ」
二人で笑った。
前回よりも、ずっと自然だった。
手をつなぐことも。
肩が触れることも。
ふとした瞬間に目が合って笑うことも。
恋人でいることに、少しずつ慣れてきていた。
夜。
二人は、前にも来たホテルにいた。
「奏くん、前より緊張してないね」
「そりゃ二回目だからな」
「ふぅん」
「何だよ」
「別にぃ」
ゆかりが笑う。
奏はその顔を見ながら、少しだけ照れくさそうに笑った。
「なあ」
「ん?」
「俺さ」
「うん」
「こういうのも嬉しいけど……普通に一緒にいるだけでも楽しい」
ゆかりが奏を見る。
「何それ」
「いや……何となく言いたくなった」
「変なの」
そう言いながら、ゆかりは奏の肩にもたれた。
奏はその頭に頬を寄せる。
静かな時間だった。
そのあと二人はキスをして、長い時間を一緒に過ごした。
深夜。
奏は眠っていた。
規則正しい寝息だけが、薄暗い部屋に聞こえている。
ゆかりは目を開けた。
隣を見る。
「……奏くん?」
返事はない。
もう一度。
「奏くん」
やはり返事はなかった。
ゆかりはしばらく奏の寝顔を見つめていた。
やがて、ゆっくりと身体を起こした。
同じころ。
真司はコンビニにいた。
深夜の店内は静かだった。
時折、車が駐車場へ入ってくる。
客が商品を買い、また出ていく。
その繰り返し。
真司はレジの中で大きくあくびをした。
スマートフォンを見る。
メッセージは来ていない。
画面を消す。
しばらくして、真司はバックヤードへ入った。
どれくらい時間が経ったのだろう。
店内には誰もいなかった。
レジにも。
バックヤードにも、人の声はない。
ただ、機械の低い音だけが続いていた。
ゆかりは夜空を見上げた。
雲が広がっている。
星は、一つも見えなかった。
しばらく空を眺めてから、ぽつりと呟く。
「……今日も、星見えないなぁ」
しばらくして。
ホテルの部屋で、奏が目を覚ました。
隣に手を伸ばす。
誰もいない。
「……ゆかり?」
身体を起こしたとき、浴室のほうから音が聞こえた。
シャワーの音。
奏は安心して、もう一度枕へ頭を落とした。
しばらくして浴室の扉が開く。
「起きた?」
ゆかりだった。
「今、起きた」
「気持ちよさそうに寝てたね」
「俺、そんな寝てた?」
「 ううん、5分くらいかな?」
ゆかりが笑う。
奏は欠伸をしながら起き上がった。
「俺もシャワー浴びよ」
「うん」
奏が浴室へ向かおうとすると、ゆかりがその腕を掴んだ。
「奏くん」
「ん?」
「一緒に入ろっか」
奏が一瞬固まる。
「……え?」
「嫌?」
「嫌じゃない」
また即答だった。
ゆかりが笑った。
シャワーを浴びながら、ゆかりが言った。
「ねえ、奏くん」
「ん?」
「次のデートさ」
「うん」
「プラネタリウム行きたい」
奏が少し意外そうな顔をする。
「プラネタリウム?」
「うん」
「星、好きなの?」
ゆかりは少しだけ黙った。
「……見たいの」
「星?」
「うん」
奏は笑った。
「じゃあ行こう」
「ほんと?」
「次、そこな」
「約束?」
「約束」
ゆかりが笑った。
奏も笑った。
それ以上、奏は理由を聞かなかった。
そのころ。
コンビニの自動ドアが開いた。
哲平だった。
店内を見回す。
「……店長?」
返事がない。
哲平はレジの奥を見る。
誰もいない。
「真司さん?」
少し苛立ったように呼ぶ。
それでも返事はなかった。
哲平は奥へ進んだ。
そして――足が止まった。
「……え?」
一瞬、何を見ているのか分からなかった。
「店長?」
返事はない。
哲平の顔から血の気が引いていく。
「嘘だろ……」
後ずさる。
自分がここへ来た理由。
真司と揉めていたこと。
店を辞めさせられたこと。
以前、警察から事情を聞かれたこと。
全部が一気に頭をよぎった。
「……俺じゃない」
誰も聞いていない。
「俺じゃねえから……」
哲平は踵を返した。
バックヤードではなく、売り場へ。
そのまま自動ドアを抜け、店の外へ走っていった。
天井の防犯カメラが、その姿を映していた。
その少し前。
かの子の家の電話が鳴った。
こんな時間に誰だろう。
不審に思いながら受話器を取る。
「はい」
雑音。
そして、聞き慣れない声。
男なのか女なのかも分からない。
「……もしもし?」
『ご主人――』
かの子の表情が変わる。
『鮎田ゆかりさんと、まだ切れてませんよ』
「……え?」
『今でも会っています』
かの子の手が震えた。
「誰なの?」
返事はない。
「あなた、誰!?」
電話は切れた。
かの子はしばらく受話器を握ったまま動けなかった。
――お前を選ぶ。
真司の言葉が蘇る。
ドライブへ行った。
一緒に笑った。
最近は、以前の二人に戻れたと思っていた。
「……嘘よ」
受話器を置く。
「真司……」
かの子はバッグを掴んだ。
コンビニの駐車場へ入ったとき、一人の男が走っていくのが見えた。
「……武藤くん?」
哲平だった。
声をかける間もなく、哲平は暗闇へ消えていく。
何かがおかしい。
胸騒ぎがした。
かの子は店へ入った。
「真司?」
返事がない。
「真司!」
レジには誰もいない。
かの子は早足で奥へ向かう。
「真司、いるんでしょ?」
そして。
かの子の足が止まった。
手からバッグが落ちる。
「……真司?」
返事はなかった。
「ねえ……」
一歩近づく。
「真司……?」
震える声。
何ヶ所物刺し傷を見て次の瞬間。
店内に、かの子の悲鳴が響いた。



