目覚めた世界で望むものは

「これより、セレーニ公爵令嬢であるアネット・アサーナトス・セレーニの公開処刑を行う」

目の前に広がる景色は、まるで闇だった。
まるで嘲笑うかのような瞳たちが私を見つめた。
私はアネット・アサーナトス・セレーニ、13歳の公爵令嬢である。
灰色を霞ませた白色の髪に、茶色い瞳。
容姿は整っている方ではあるが、ここ2週間牢獄に入っていたせいでそんなふうには全く見えなかった。
なぜ私が今処刑されるのかというと、リーリエ・レーゲン・アーベント男爵令嬢を殺そうとしたからと言われている。

——これは全部冤罪よ。

私はたしかに、この帝国のシュテルン・ゼーレ・ヒンメル皇太子の“元”婚約者ではある。
婚約者を奪われ、その怒りから“現”婚約者であるリーリエを殺そうとしたのではないか。
そう思ったのだろう。
そんなわけがないじゃない。
私はシュテルン皇太子を愛していた。
だけど、それ以上に私は剣が好きなのだ。
兄の姿を追って剣術を磨き、剣に一途に生きてきた。
だけど、憧れの兄は戦場で息絶えた。
私にはもう希望がない。
だから、リーリエ嬢を殺そうとする理由がないのに。
私はそっと顔を上げた。
少し奥のバルコニーに、シュテルン皇太子とリーリエ嬢の姿が映った。
私は彼女に聞いた。

「なぜ…なぜ私が貴女を殺そうとするの?貴女を憎んだことなんで、ただの一度もないのよ?」

その言葉に、リーリエ嬢はかすかに口角を上げた。
見ていた、全て理解した、理解するしかなかった。
信じたくなかっただけ。

——私は、彼女にハメられたのね。

でももう、どうでもいい。
剣を握れぬ世界など、私には価値がない。

「罪人、言い残すことは?」

死刑執行者である男に聞かれた。
なにも、言えなかった。

「嫌だわ、あの目」

「皇太子妃を殺そうとしたのよ、こっちを見ないでほしいわ」

「ほんと、気味が悪い」

ただ周りの目が怖くて。
ああ、私はなぜ生きているのだろう。
なんのために剣士としてこの国を守ったというのだろう。
なにも意味がなかった。
完璧でいようとしても、どれだけ帝国の希望として戦い続けても。
なにひとつ意味などなかったのだ。

——もし生まれ変わったら、今度は意味ある者として自由に剣を振りたい。

そう願い、私は目をそっと閉じた。
熱い涙が流れ落ち、私の世界は暗転した。

***

「ん…、まぶしい…」

光がまぶしくて、私は目を開けた。
何時間か眠っていた気分だ。
私はベッドの上に座っていた。

「え…私…処刑されたんじゃ…」

でも、それにしては不思議で、痛みもなにも感じなかった。
私はキョロキョロと辺りを見回した。
そうして見つけた右斜め前の鏡には知らない顔が映っていた。
私はその顔をペタペタと触った。
自慢の白髪はどこにもなく、黒髪の毛先は紫に染められ、まるっとした瞳、顔立ちも全く違っていた。
これは私、アネットではない。

「どう…いうこと?」

すぐには理解できなかった。
私は驚いて自分の体だと思われるものを、よくよく見た。
服もなんだか見慣れないものを着ている。
まるで平民の洋服、しかし平民のものにしては豪華すぎる。
あら?もしかしてこれって、制服?
時間が経ってそうだと気がつき、私は少し冷静になった。
そして次は部屋の窓の方に視線を移す。
空は快晴といったところで別段変わった様子はなく、ただ違うところとしたら道に並ぶ家々だった。
見たこともないつくりで、大きさも貴族の屋敷とは違う。

「ここは…平民の街?でも、どうしてこんなところに来たのかしら…」

うーん、と悩んだ末に私は思い出した。
たしか皇宮書庫に置いてあった本で、死んだ魂が別世界へと移って生まれ変わる…なんてものがあった。
しかし、今の状態は“生まれ変わり”ではなくて、最近帝国でも流行していた“転生”というものに近いだろう。
死んだ者の魂が別世界の誰かの魂と入れ替わってしまうというもの。
でも、どうしてこんなことが起きたの?
私は少しでも情報を手に入れたいと思い、部屋を見まわした。
すると、さっきは動揺で見逃したであろうものが机の上に置いてあった。
手紙のようなものと、薬のようなもの。
私はその手紙を手に持って読んだ。

『お母さん、お父さん、お兄ちゃんへ
まずは、ごめんなさい。
なにも言えずに死んでしまったことを謝ります。
私は実は学園でいじめられています。
知っての通り、私の通う学園は魔族と人間が共に生活する唯一のところです。
魔族の人たちは私たち人間よりえらくて、私は逆らうことができません。
だから、いじめられるのは仕方がないって思いました。
私は人間なのがいけないって。
でも、もう限界なんです。
生きていたくないんです。
だから、ごめんなさい。
最後にみんなの顔を見たかったけど、そうしたら涙が出そうで怖いから。
なにも言わずに死ぬことを選びました。
さようなら。
今まで育ててくれてありがとう。
八名木夕衣(やなぎゆい)より』

私は絶句した。
そうか、そういうことなのね。
この体の持ち主はここに置いて歩くするを呑んで自死した。
だから私の魂がこの体に迷い込んんだのね。
でも、どうしてこの体は無事なのかしら?
それは全くわからない。
薬で犯されているはずのこの体が、どうしてこんなにも元気なのかが理解できなかった。
そこでは私はハッとした。

もし、もしも、この体の持ち主が私と同じ——なら。
私はそれをたしかめるべく、その紙で自分の指を切った。
血が落ちる瞬間、その部分が光を放ち傷を消し去った。

ああ…なんだ、そういうこと。

「この体も聖女なのね。自己治癒を無意識にしてしまうから、死ねなかったのね…」

私は前世を思い出した。
聖女、という存在は絶対的存在で、国家の宝と言われるものである。
聖女は神殿または皇宮で過ごし、魔物の浄化と人々の傷を癒す“お勤め”を果たす。
ゆえに自由を一生奪われる存在。
私はその聖書だということに気がついてしまった。
私の帝国は絶対魔法主義で、誰でも魔法は使えた。
しかし、使えるのはひとつの属性だけ。
でも聖女は違う。
全ての属性を操り、さらには治癒魔法も使うのだ。
私はそれができた。
それからは聖女ということを隠して、生活をした。
また、同じことの繰り返しなのだろうか。