図書室の恋だより〜君とこの先もページをめくりたい〜

五月。新緑が鮮やかな季節。



けれど、今日の空は、朝から重たい雲に覆われていた。



教室ではクラスメイトたちがお互いに慣れてきて、仲のいいグループ同士で話している。



人見知りする私は、相変わらず仲のいい友達は佳奈たちだけ。



汐留くんとの図書当番には、少しずつ慣れてきたけど、教室で話すことはほとんどなかった。






一限目は体育の授業。



女子はテニス、男子はサッカー。



女子はダブルスを組んで対戦している。



私とペアを組んでいる新井さんは、あまり話したことのない子だった。



テニスコートの片側で、私は前に、新井さんは後ろに立ち、ラケットを構えている。



「西本さん、来たよ」



新井さんが声を上げた。



相手のコートからボールが飛んでくる。



私は慌ててラケットを振った。



パンッ、と音がする。



けれど、ボールは……。



ネットに当たってしまった‥‥‥。



さっきからずっとこの調子だ。



「ご、ごめんね……」


新井さんに謝る。

「ド、ドンマイ!次頑張ろう」



そう言って、無理しているのが分かる愛想笑いを浮かべていた。



申し訳ない……。



運動は本当に小さい頃から苦手だ。




そのうち、テニスに飽きた女子たちが、ネット越しに、男子のサッカーを見始めた。



視線の先は、汐留くんと谷口くん。



私の対戦相手の子も新井さんも、すっかり練習をやめてしまった。手持ち無沙汰になった私も、つられるようにサッカーの方を見る。



「わっ、汐留くんシュートした!」


「かっこいい〜」



「谷口くんも上手!」


「汐留くんって、スポーツなんでもできちゃうね」


「バスケ部だっけ?」

「ううん。汐留くんは特定の部活に入ってないんだよ。普段はバスケ部が多いけど、いろんな運動部の助っ人に行ってるの」



「今日は野球部らしいよ」



「え、じゃあ観に行こうよ」



へー。そうなんだ。



スポーツが得意なのは知っていたけど、助っ人をしてるんだ。



そういえば佳奈たちが言ってたかもしれないけど、そのときはあまり気に留めていなかった。



私はネット越しに、汐留くんを見る。



遠くで、サッカーボールを颯爽と蹴っている。



こうして見ると、改めて汐留くんと図書室で一緒に当番をしているのが不思議だ。



本当は、これくらい遠い人のはずなのに。






放課後。今日は当番の日。



体育の時間のあと、雲行きが怪しくなり、とうとう雨が降り出した。



私は汐留くんに声をかけられ、雨音を聞きながら、今日も無言で図書室まで歩いて行く。



今日は汐留くん目当ての女子たちが数人、本を借りに来た
だけで、ほかに利用者はいなかった。



貸し出しが一段落したところで、私はカウンターの席に座り、ポップ作りに取りかかった。



画用紙に『雨の日に読みたい本』『心が晴れる一冊』などの文字を書き、簡単なイラストも描いた。



本を戻していた汐留くんが、カウンターに戻ってきて、私の隣に座った。



視線を感じて隣を見ると、汐留くんは私のポップをじっと見ていた。



ハッとして、私は手で隠す。



……って、展示するものなのに隠すのも変だよね。



で、でも--。
なんとなく、汐留くんの言いたいことは分かる気がする‥‥‥。



沈黙のあと、口火を切ったのは、私だった。



「絵は、苦手なの‥‥‥」



私が隠したのは、自分で描いたイラストの部分。



苦手なら描かなきゃいいのに、文字だけというのもちょっと寂しかった。



「あ、いや‥‥‥」



汐留くんは後ろ首に手を回し、少し気まずそうに言う。



「ウサギ‥‥‥だよね」



間を置いて、私は答えた。



「リス‥‥‥です」



「あ‥‥‥うん。元気そうなリスだ」



そう言って、汐留くんは頷いた。



私は少し笑った。



汐留くんは、嘘があまりつけない人なのかもしれない。



「汐留くんは、絵描けるの?」



汐留くんは少し考えると、テーブルに置いてある画用紙とペンに手を伸ばし、何かを描き始めた。



サラサラとマジックペンを動かしていく。



私は横からのぞき込む。



これはーー。



リスだ。



まごうことなき、リスだ。



しかも、少し首を傾けていて可愛らしい。



「じょ、上手だね‥‥‥」



私のリスとは全然違う。



上手すぎる‥‥‥。ちょっと悔しい。



「でも、字は下手なんだ。西本さんは上手だね」



汐留くんはそう言って、リスの上に『心が晴れる一冊』と書いた。



な、なるほど‥‥‥。



「え、えっと‥‥‥。勢いがあって、いいと思うよ‥‥‥」



ああ、私も嘘がつけない‥‥‥。



でも、私のリスよりはましだ。



私は、少し明るい調子で言った。



「こ、これからは汐留くんに絵を描いてもらおうかな」



そう言うと、汐留くんは私が描いたリスに視線を向けた。



「俺は、西本さんのリス、いいと思った。頑張って描いている感じがする」



それから私を見て、穏やかな表情を浮かべる。




「だから、西本さんも描いたらいい。
二人で作ったらいい」



二人ーー。



「う、うん。ありがとう」
私はこくりと頷いた。



前から思っていたけど、汐留くんって、思ったより冷たい人じゃないのかも。



絵の出来じゃなくて、私が頑張って描いたことを褒めてくれるし。



ふいに--私は、今日の体育の授業でサッカーをしていた汐留くんの姿を思い出した。



汐留くんは、スポーツ少年なんだよね。



本当にーーどうして図書委員になったんだろう。



今度、聞いてみてもいいのかな。