五月。新緑が鮮やかな季節。
けれど、今日の空は、朝から重たい雲に覆われていた。
教室ではクラスメイトたちがお互いに慣れてきて、仲のいいグループ同士で話している。
人見知りする私は、相変わらず仲のいい友達は佳奈たちだけ。
汐留くんとの図書当番には、少しずつ慣れてきたけど、教室で話すことはほとんどなかった。
◇
一限目は体育の授業。
女子はテニス、男子はサッカー。
女子はダブルスを組んで対戦している。
私とペアを組んでいる新井さんは、あまり話したことのない子だった。
テニスコートの片側で、私は前に、新井さんは後ろに立ち、ラケットを構えている。
「西本さん、来たよ」
新井さんが声を上げた。
相手のコートからボールが飛んでくる。
私は慌ててラケットを振った。
パンッ、と音がする。
けれど、ボールは……。
ネットに当たってしまった‥‥‥。
さっきからずっとこの調子だ。
「ご、ごめんね……」
新井さんに謝る。
「ド、ドンマイ!次頑張ろう」
そう言って、無理しているのが分かる愛想笑いを浮かべていた。
申し訳ない……。
運動は本当に小さい頃から苦手だ。
そのうち、テニスに飽きた女子たちが、ネット越しに、男子のサッカーを見始めた。
視線の先は、汐留くんと谷口くん。
私の対戦相手の子も新井さんも、すっかり練習をやめてしまった。手持ち無沙汰になった私も、つられるようにサッカーの方を見る。
「わっ、汐留くんシュートした!」
「かっこいい〜」
「谷口くんも上手!」
「汐留くんって、スポーツなんでもできちゃうね」
「バスケ部だっけ?」
「ううん。汐留くんは特定の部活に入ってないんだよ。普段はバスケ部が多いけど、いろんな運動部の助っ人に行ってるの」
「今日は野球部らしいよ」
「え、じゃあ観に行こうよ」
へー。そうなんだ。
スポーツが得意なのは知っていたけど、助っ人をしてるんだ。
そういえば佳奈たちが言ってたかもしれないけど、そのときはあまり気に留めていなかった。
私はネット越しに、汐留くんを見る。
遠くで、サッカーボールを颯爽と蹴っている。
こうして見ると、改めて汐留くんと図書室で一緒に当番をしているのが不思議だ。
本当は、これくらい遠い人のはずなのに。
◇
放課後。今日は当番の日。
体育の時間のあと、雲行きが怪しくなり、とうとう雨が降り出した。
私は汐留くんに声をかけられ、雨音を聞きながら、今日も無言で図書室まで歩いて行く。
今日は汐留くん目当ての女子たちが数人、本を借りに来た
だけで、ほかに利用者はいなかった。
貸し出しが一段落したところで、私はカウンターの席に座り、ポップ作りに取りかかった。
画用紙に『雨の日に読みたい本』『心が晴れる一冊』などの文字を書き、簡単なイラストも描いた。
本を戻していた汐留くんが、カウンターに戻ってきて、私の隣に座った。
視線を感じて隣を見ると、汐留くんは私のポップをじっと見ていた。
ハッとして、私は手で隠す。
……って、展示するものなのに隠すのも変だよね。
で、でも--。
なんとなく、汐留くんの言いたいことは分かる気がする‥‥‥。
沈黙のあと、口火を切ったのは、私だった。
「絵は、苦手なの‥‥‥」
私が隠したのは、自分で描いたイラストの部分。
苦手なら描かなきゃいいのに、文字だけというのもちょっと寂しかった。
「あ、いや‥‥‥」
汐留くんは後ろ首に手を回し、少し気まずそうに言う。
「ウサギ‥‥‥だよね」
間を置いて、私は答えた。
「リス‥‥‥です」
「あ‥‥‥うん。元気そうなリスだ」
そう言って、汐留くんは頷いた。
私は少し笑った。
汐留くんは、嘘があまりつけない人なのかもしれない。
「汐留くんは、絵描けるの?」
汐留くんは少し考えると、テーブルに置いてある画用紙とペンに手を伸ばし、何かを描き始めた。
サラサラとマジックペンを動かしていく。
私は横からのぞき込む。
これはーー。
リスだ。
まごうことなき、リスだ。
しかも、少し首を傾けていて可愛らしい。
「じょ、上手だね‥‥‥」
私のリスとは全然違う。
上手すぎる‥‥‥。ちょっと悔しい。
「でも、字は下手なんだ。西本さんは上手だね」
汐留くんはそう言って、リスの上に『心が晴れる一冊』と書いた。
な、なるほど‥‥‥。
「え、えっと‥‥‥。勢いがあって、いいと思うよ‥‥‥」
ああ、私も嘘がつけない‥‥‥。
でも、私のリスよりはましだ。
私は、少し明るい調子で言った。
「こ、これからは汐留くんに絵を描いてもらおうかな」
そう言うと、汐留くんは私が描いたリスに視線を向けた。
「俺は、西本さんのリス、いいと思った。頑張って描いている感じがする」
それから私を見て、穏やかな表情を浮かべる。
「だから、西本さんも描いたらいい。
二人で作ったらいい」
二人ーー。
「う、うん。ありがとう」
私はこくりと頷いた。
前から思っていたけど、汐留くんって、思ったより冷たい人じゃないのかも。
絵の出来じゃなくて、私が頑張って描いたことを褒めてくれるし。
ふいに--私は、今日の体育の授業でサッカーをしていた汐留くんの姿を思い出した。
汐留くんは、スポーツ少年なんだよね。
本当にーーどうして図書委員になったんだろう。
今度、聞いてみてもいいのかな。
けれど、今日の空は、朝から重たい雲に覆われていた。
教室ではクラスメイトたちがお互いに慣れてきて、仲のいいグループ同士で話している。
人見知りする私は、相変わらず仲のいい友達は佳奈たちだけ。
汐留くんとの図書当番には、少しずつ慣れてきたけど、教室で話すことはほとんどなかった。
◇
一限目は体育の授業。
女子はテニス、男子はサッカー。
女子はダブルスを組んで対戦している。
私とペアを組んでいる新井さんは、あまり話したことのない子だった。
テニスコートの片側で、私は前に、新井さんは後ろに立ち、ラケットを構えている。
「西本さん、来たよ」
新井さんが声を上げた。
相手のコートからボールが飛んでくる。
私は慌ててラケットを振った。
パンッ、と音がする。
けれど、ボールは……。
ネットに当たってしまった‥‥‥。
さっきからずっとこの調子だ。
「ご、ごめんね……」
新井さんに謝る。
「ド、ドンマイ!次頑張ろう」
そう言って、無理しているのが分かる愛想笑いを浮かべていた。
申し訳ない……。
運動は本当に小さい頃から苦手だ。
そのうち、テニスに飽きた女子たちが、ネット越しに、男子のサッカーを見始めた。
視線の先は、汐留くんと谷口くん。
私の対戦相手の子も新井さんも、すっかり練習をやめてしまった。手持ち無沙汰になった私も、つられるようにサッカーの方を見る。
「わっ、汐留くんシュートした!」
「かっこいい〜」
「谷口くんも上手!」
「汐留くんって、スポーツなんでもできちゃうね」
「バスケ部だっけ?」
「ううん。汐留くんは特定の部活に入ってないんだよ。普段はバスケ部が多いけど、いろんな運動部の助っ人に行ってるの」
「今日は野球部らしいよ」
「え、じゃあ観に行こうよ」
へー。そうなんだ。
スポーツが得意なのは知っていたけど、助っ人をしてるんだ。
そういえば佳奈たちが言ってたかもしれないけど、そのときはあまり気に留めていなかった。
私はネット越しに、汐留くんを見る。
遠くで、サッカーボールを颯爽と蹴っている。
こうして見ると、改めて汐留くんと図書室で一緒に当番をしているのが不思議だ。
本当は、これくらい遠い人のはずなのに。
◇
放課後。今日は当番の日。
体育の時間のあと、雲行きが怪しくなり、とうとう雨が降り出した。
私は汐留くんに声をかけられ、雨音を聞きながら、今日も無言で図書室まで歩いて行く。
今日は汐留くん目当ての女子たちが数人、本を借りに来た
だけで、ほかに利用者はいなかった。
貸し出しが一段落したところで、私はカウンターの席に座り、ポップ作りに取りかかった。
画用紙に『雨の日に読みたい本』『心が晴れる一冊』などの文字を書き、簡単なイラストも描いた。
本を戻していた汐留くんが、カウンターに戻ってきて、私の隣に座った。
視線を感じて隣を見ると、汐留くんは私のポップをじっと見ていた。
ハッとして、私は手で隠す。
……って、展示するものなのに隠すのも変だよね。
で、でも--。
なんとなく、汐留くんの言いたいことは分かる気がする‥‥‥。
沈黙のあと、口火を切ったのは、私だった。
「絵は、苦手なの‥‥‥」
私が隠したのは、自分で描いたイラストの部分。
苦手なら描かなきゃいいのに、文字だけというのもちょっと寂しかった。
「あ、いや‥‥‥」
汐留くんは後ろ首に手を回し、少し気まずそうに言う。
「ウサギ‥‥‥だよね」
間を置いて、私は答えた。
「リス‥‥‥です」
「あ‥‥‥うん。元気そうなリスだ」
そう言って、汐留くんは頷いた。
私は少し笑った。
汐留くんは、嘘があまりつけない人なのかもしれない。
「汐留くんは、絵描けるの?」
汐留くんは少し考えると、テーブルに置いてある画用紙とペンに手を伸ばし、何かを描き始めた。
サラサラとマジックペンを動かしていく。
私は横からのぞき込む。
これはーー。
リスだ。
まごうことなき、リスだ。
しかも、少し首を傾けていて可愛らしい。
「じょ、上手だね‥‥‥」
私のリスとは全然違う。
上手すぎる‥‥‥。ちょっと悔しい。
「でも、字は下手なんだ。西本さんは上手だね」
汐留くんはそう言って、リスの上に『心が晴れる一冊』と書いた。
な、なるほど‥‥‥。
「え、えっと‥‥‥。勢いがあって、いいと思うよ‥‥‥」
ああ、私も嘘がつけない‥‥‥。
でも、私のリスよりはましだ。
私は、少し明るい調子で言った。
「こ、これからは汐留くんに絵を描いてもらおうかな」
そう言うと、汐留くんは私が描いたリスに視線を向けた。
「俺は、西本さんのリス、いいと思った。頑張って描いている感じがする」
それから私を見て、穏やかな表情を浮かべる。
「だから、西本さんも描いたらいい。
二人で作ったらいい」
二人ーー。
「う、うん。ありがとう」
私はこくりと頷いた。
前から思っていたけど、汐留くんって、思ったより冷たい人じゃないのかも。
絵の出来じゃなくて、私が頑張って描いたことを褒めてくれるし。
ふいに--私は、今日の体育の授業でサッカーをしていた汐留くんの姿を思い出した。
汐留くんは、スポーツ少年なんだよね。
本当にーーどうして図書委員になったんだろう。
今度、聞いてみてもいいのかな。
