ふと、人の気配を感じて、顔を上げた。
いつの間にか、汐留くんがそばに来ていた。
私の本を拾ってくれている。
--汐留くん……。
あっ。
も、もしかして、今の言葉、聞いてた……?
血の気が引く。
けれど、汐留くんは本を抱えながら、私をまっすぐ見た。
そして、静かに言った。
「西本さんは、何を読んでもいい」
はっとして、目を見開く。
場が、しんとなった。
汐留くんは、無言で田中さんに手を差し出した。
田中さんは、少し気まずそうに本を渡し、汐留くんがそれを受け取って、本をまとめて私に渡してくれた。
「あ、ありがとう」
お礼を言う。
汐留くんは、頷いた。
さっきまで強張った体が、徐々にほぐれていく。
そっと、息を吐く。
汐留くん、庇ってくれたんだ。
胸の奥から、温かいものが込み上がる。
「何を読んでもいい」
--その通りだよね。
でも--。
このまま何事もなかったように教室を出てもいいのかな。
手元にあるバスケの本に目を落とした。
バスケットボールが一つ、転がっている表紙。
私は、汐留くんに「来て」と言われたときのことを思い出した。
あのときは、嬉しかった。
「スポーツは観ているだけでも楽しい」
汐留くんの言葉を聞いて、私もスポーツを楽しみたいって思った。
だからバスケの本を借りたんだ。
本を借りた理由を曖昧にしたくない。
ちゃんと言わないと。
もし、今、図書室に行ったら、もう言えなくなってしまいそう。
私は口を開いた。
「わ、私が……」
本を持つ手に力がこもる。
「バスケの試合を、た、楽しみにしているのは……本当」
言葉を絞り出す。
「だから、もっと楽しみたくて、本を借りました……」
そう言って、頭を下げた後、急いで教室から出て行った。
い、言っちゃった……。
