冷徹営業トップは私の限界オタクでした~恋人編~

二月に入っても、夜の冷え込みは厳しかった。

陽菜子は買い物袋を抱え直し、神崎の部屋のインターホンを押した。
ほとんど間を置かずに扉が開く。

「お疲れ様です。……荷物、持ちます。」

「ありがとう。今日は台所、借りてもいい?」

「もちろんですけど……。」

袋の中を見た神崎が、少しだけ目を見開いた。
野菜に肉、それから、小さなケーキの箱。

陽菜子は笑って、その顔を見上げた。

「お誕生日、おめでとう。」

神崎の動きが止まった。

「……覚えていて、くださったんですか。」

「覚えてるよ。前に教えてくれたでしょう?」

何を食べたいか聞いても、何が欲しいか聞いても、彼の答えはいつも同じだった。

陽菜子さんと一緒にいられれば、それで。

それが本心なのだということは、もう分かっている。
けれど、いつもたくさんのものをくれる彼に、今日は自分から何かを贈りたかった。

「今日は私が作ります。神崎さんは座ってて。」

「いえ、手伝います。」

「誕生日の人は休むの。」

「ですが……陽菜子さんが俺の家で、俺のために料理をしてくださるところを、離れて見ているだけというのは……。」

真剣な顔で言いよどむので、陽菜子は思わず笑った。

「じゃあ、隣にいてくれる?」

「……はい。」

返事をした彼の耳が、ゆっくり赤くなった。

*

結局、神崎はほとんど座らなかった。

陽菜子が野菜を切れば、使い終わった道具を洗い、食器を探せばすぐに出してくれる。
ただ、ときどき手を止めて、隣に立つ陽菜子をじっと見ていた。

「どうしたの?」

「……いえ。」

「何かついてる?」

「ついてません。可愛いなと思っていただけです。」

あまりにも真面目に言われて、包丁を持つ手が止まった。

「急にそういうこと言わないで。」

「すみません。抑えてはいるんですが。」

これでも抑えているらしい。

陽菜子は頬が熱くなるのを感じながら、切った野菜をボウルに移した。

出来上がった煮込みハンバーグとサラダを並べると、神崎はしばらく食卓を見つめていた。

「冷めちゃうよ?」

「……写真を、一枚だけ。」

「ふふ。どうぞ。」

一枚だけと言ったのに、角度を変えてもう一枚撮っていたことには、気づかないふりをした。

食事を終え、ケーキを食べたあと。
陽菜子は鞄から、細長い包みを取り出した。

「はい。プレゼント。」

「……まだ、あるんですか。」

「ご飯とは別です。」

神崎は両手で包みを受け取った。
リボンをほどき、包装紙を破らないように少しずつ開いていく。

中に入っていたのは、黒い革のキーケースだった。

「前の、端が少し擦れてたでしょう?好みに合うか分からないけど……。」

「合います。」

即答だった。

「まだ、ちゃんと見てないよ。」

「見ています。すごく……好きです。」

最後の言葉だけ、少し小さくなった。

長い指が、革の表面をそっと撫でる。
その大切そうな仕草に、選んでよかったと胸が温かくなった。

「使ってくれたら嬉しいな。」

神崎が顔を上げる。

「使って、いいんですか。」

「そのためにあげたんだよ?」

「傷をつけたらと思うと……。」

「使って傷がつくのは、いいの。毎日持っててもらえる方が嬉しい。」

そう伝えると、神崎はしばらく黙ってから、棚に置いていた鍵を取りに立った。

古いケースから鍵を移す手元を、陽菜子は隣で眺める。
最後の一本をつけ終えると、彼は新しいケースを手の中に握り込んだ。

「……帰るたびに、今日のことを思い出しますね。」

何気ない声だった。
だからこそ、胸の奥にまっすぐ届いた。

陽菜子はそっと、彼の肩にもたれた。

「来年もお祝いしようね。」

隣で、呼吸が止まる気配がした。

「……来年も。」

「うん。再来年も。」

神崎はキーケースをテーブルに置いた。
それから片手で口元を覆い、少しだけ顔を背ける。

「神崎さん?」

「……今、見ないでいただけると。」

「どうして?」

「たぶん、相当ひどい顔をしています。」

耳だけでなく、首まで赤くなっていた。

陽菜子が覗き込もうとすると、彼の腕が遠慮がちに背中へ回る。

「少しだけ、こうしていてもいいですか。」

「うん。」

胸元に頬を寄せると、鼓動が驚くほど速かった。

いつも冷静で、仕事ができて、何でもそつなくこなしてしまう人。
その彼が、自分の贈ったものを握りしめて、来年の約束にこんなにも喜んでくれる。

陽菜子も腕を回し、彼の背中を抱きしめた。

「生まれてきてくれて、ありがとう。」

腕の力が、ほんの少し強くなる。

長い沈黙のあと、髪に触れるほど近くで声がした。

「……それは、俺が言う方だと思っていました。」

陽菜子は彼の胸元で笑った。

「今日は、私に言わせて。」

神崎は返事の代わりに深く息を吐いて、陽菜子の肩へ額を預けた。

その夜は、いつも陽菜子を甘やかしてくれる彼の髪を、陽菜子の方から何度も撫でた。