冷徹営業トップは私の限界オタクでした~恋人編~

神崎と恋人になってから、三か月が過ぎた。

付き合い始めた頃は、手をつなぐだけでも緊張していた。

初めて手をつないだ帰り道。
初めて抱きしめてもらい、キスをした夜。

思い出すだけで胸がいっぱいになって、神崎の顔をまともに見られなくなるほどだった。

けれど、それから三か月。

休日には何度もデートをした。
仕事帰りに一緒に食事をすることも増えた。
手をつないで歩くことも、隣に寄り添うことも、陽菜子にとって少しずつ当たり前になっていた。

――ただ一人。

いまだに、まったく慣れていない男がいる。

「紅夜くん。」

休日の午後。

駅前を並んで歩きながら、陽菜子は神崎の腕に自分の腕を絡めた。

ぴたり。

神崎の足が止まった。

「……紅夜くん?」

返事がない。

不思議に思って顔をのぞき込むと、神崎は耳まで真っ赤になっていた。

「どうしたんですか?」

「…………近いです。」

「え?」

「陽菜子さんが……近いです……。」

神崎の声がかすかに震えている。

陽菜子は自分たちの距離を確認した。

確かに腕を組んでいるので、いつもより少し近い。

けれど、恋人なのだからこれくらい普通なのではないだろうか。

「でも、私たち付き合ってもう三か月ですよ?」

「……三か月程度で、陽菜子さんに慣れられるわけないじゃないですか。」

「え?」

神崎は顔をそらした。

耳まで真っ赤だ。

「むしろ……前より好きになってるんですから。」

「……!」

今度は陽菜子が固まった。

「三か月前は、手をつなぐだけであんなに緊張していたのに……今は何の前触れもなく腕を組んでくるし……。」

「何の前触れ……。」

「心の準備が必要なんです。」

「腕を組むだけなのに?」

「必要です。」

神崎は真剣だった。

陽菜子は思わず笑ってしまう。

付き合ったばかりの頃は、神崎がこんなふうになるたびに驚いていた。

けれど、三か月も一緒にいれば、さすがに分かってくる。

これは嫌がっているわけではない。

むしろ、逆だ。

「じゃあ、離れたほうがいいですか?」

陽菜子が絡めていた腕をほどこうとする。

その瞬間、神崎が陽菜子の手をつかんだ。

「……それは嫌です。」

「え?」

「近いと心臓がもちません。でも、離れるのはもっと嫌です。」

「……難しいですね。」

「自分でもそう思います……。」

神崎は深く息を吐いた。

陽菜子はそんな神崎を見て、くすっと笑った。

「紅夜くんって、付き合う前から全然変わりませんね。」

「そんなことありません。」

神崎が陽菜子を見る。

「変わりましたよ。」

「どこがですか?」

「前よりもっと好きになりました。」

「……!」

頬が一気に熱くなる。

三か月一緒にいても、こういう言葉にはまだ慣れない。

陽菜子が思わず視線をそらすと、隣から小さな声が聞こえた。

「……かわいい。」

「え?」

「三か月経っても照れてくれるんですね……。」

神崎は口元を手で覆っていた。

「……今日も世界一可愛いです。」

「もう……。」

陽菜子はさらに恥ずかしくなって、神崎の腕へぎゅっと身体を寄せた。

「…………っ。」

今度こそ神崎は完全に固まった。

「紅夜くん?」

「……少々、お待ちください。」

「どうしたんですか?」

「今、必死に耐えています……。」

顔を真っ赤にしたまま、神崎は小さく息を吐く。

陽菜子はそんな神崎を見上げて笑った。

三か月前なら、自分だって恥ずかしくてできなかった。

でも今は、こうして神崎の隣を歩くことが嬉しい。

少しずつだけれど。

恋人でいることにも、神崎に愛されることにも慣れてきた気がする。

「行きましょう、紅夜くん。」

「……はい。」

再び二人で歩き始める。

恋人になって、三か月。

二人の距離は、あの頃よりずっと近くなった。

それでも。

「……陽菜子さん。」

「はい?」

「すみません。もう少しだけ離れていただいても……。」

「え?」

「……いえ、やっぱりそのままでお願いします。」

「どっちですか?」

どうやら神崎が陽菜子に慣れる日は、まだまだ遠そうだった。