そこにあったはずの愛

番外編10-6「大湊凪」第六話「紹介」

「今度、玲依さんに、ちゃんと紹介する」

 

凛から、そう連絡が来たのは、報告を受けてから、しばらく経った頃だった。

 

 

待ち合わせの日、事前に、念を押された。

 

「実家暮らしってことにしてるから、話、合わせてほしい」

 

「分かった」

 

「あと、出会いも、幼稚園ってことにしてほしい」

 

 

その言葉に、少し、戸惑った。

 

「施設のことは、言うなってことか」

 

「うん。悪いんだけど」

 

申し訳なさそうな声だった。

 

「玲依さんには、貧しかったこと、まだ、うまく話せてなくて」

 

 

事情を、なんとなく察した。

 

「分かった。話、合わせる」

 

そう答えたものの、幼馴染としての勘が、何か、良くない予感を告げていた。

 

 

「あと、一つ」

 

凛が、続けた。

 

「玲依さんには、金づるのふりして近づいたことだけ、話してある」

 

「それだけか」

 

「うん。それだけ」

 

 

その言い方に、少し、引っかかった。

 

最初から本気だったことは、まだ、伝えていないということだった。

 

自分にだけ明かした、あの日の本音を、玲依はまだ知らない。

 

「そこだけ、まだ内緒にしといてもらえると、助かるかな」

 

念を押すように、そう言われた。

 

「分かった」

 

 

短く、頷いた。

 

 

指定されたカフェに向かうと、すでに、二人が席についていた。

 

 

玲依の顔を見た瞬間、気まずさが、先に立った。

 

以前、勢い任せに声をかけ、噂のことをぶつけた、あの日のことを思い出したからだった。

 

 

「あの時は、すみませんでした」

 

先に、頭を下げた。

 

「いきなり声かけて、失礼なこと言って」

 

 

玲依が、少し困ったように笑った。

 

「こちらこそ。あの時は、感じ悪い態度取っちゃって」

 

「事情も知らずに、突っかかってしまって」

 

「いえ。あの時の私、余裕がなかったので」

 

 

お互い、あの日のことを詫び合う形で、空気が和らいでいった。

 

 

「凛とは、幼稚園からなんですよね」

 

玲依が、話を継いだ。

 

「はい。長い付き合いです」

 

用意していた通りに、そう答えた。

 

嘘をつくことに、少し、胸が痛んだ。

 

 

「昔から、優しい子でした?」

 

「変わらず、優しいですよ。昔から、絵が好きで」

 

これは、本当のことだった。

 

 

「そうなんですね」

 

玲依が、嬉しそうに頷く。

 

隣で、凛が、少しほっとしたような表情を見せた。

 

 

その後は、和やかに、会話が続いた。

 

学生時代のこと、共通の思い出話。

用意された台本の中で、慎重に、言葉を選びながら話した。

 

 

「実家、この辺なの?」

 

玲依が、何気なく、凛に尋ねた。

 

「うん、電車で三十分くらい」

 

「今度、お邪魔してみたいな。ご両親にも、挨拶したいし」

 

 

凛の顔に、一瞬、動揺が走った。

 

「そのうち、ね」

 

軽く受け流したその返事に、玲依は、それ以上、深く追及しなかった。

 

 

けれど、その一瞬の表情を、見逃さなかった。

 

 

しばらくして、玲依が、所用のため先に席を立った。

 

「また、ゆっくりお話ししましょうね」

 

そう言い残して、去っていく後ろ姿を見送ってから、隣の凛を見た。

 

 

「なあ」

 

静かに、切り出した。

 

「いつまで、あの嘘、続けるつもりだよ」

 

 

凛の表情が、微かに強張った。

 

「別に、そのうち、ちゃんと話すから」

 

「そのうちって、いつだよ」

 

 

「今は、まだ、時期じゃないんだ」

 

はぐらかすような答え。

 

その口調に、以前は感じなかった、何か、切実な重みがあるように思えた。

 

 

「実家暮らしとか、幼稚園からとか、そこまで嘘つく必要あるのか」

 

思いきって、聞いてみた。

 

「玲依さんに、心配かけたくなくて」

 

正直な答え。

 

けれど、それだけでは説明のつかない何かが、その裏にある気がした。

 

 

「それだけじゃ、ないだろ」

 

静かに、そう指摘した。

 

 

凛が、しばらく、黙り込んだ。

 

やがて、視線を落としたまま、ぽつりと、本音をこぼした。

 

 

「今の自分、知られたら」

 

言葉を、選ぶように続けた。

 

「きっと、幻滅されると思う」

 

「玲依さんと、釣り合わない自分を、見せたくないんだ」

 

 

その声には、これまで聞いたことのない、切実さがあった。

 

 

「玲依さんを、失いたくないから」

 

 

その一言に、胸の奥が、重く沈んだ。

 

 

「生活、大丈夫なのか」

 

「バイト、無理してないか」

 

 

「大丈夫だよ」

 

凛が、軽く笑って、そう答えた。

 

けれど、その笑顔に、いつもの余裕は感じられなかった。

 

 

それ以上、深くは聞けなかった。

 

けれど、心のどこかで、漠然とした胸騒ぎが、静かに広がっていった。

 

 

この嘘が、いつか、何か大きな問題を引き起こすんじゃないか。

 

そんな予感を抱えたまま、その日は、別れた。

 

 

数ヶ月後、その予感が、思わぬ形で的中することになるとは、この時はまだ、知る由もなかった。