そこにあったはずの愛

番外編10-3「大湊凪」第三話「見つけた人」

噂の「年上の女」を探すのは、思っていたより時間がかかった。

 

凛の交友関係を、それとなく探ってみても、具体的な情報は、なかなか出てこなかった。

 

大学内では、誰もその女性の顔を見たことがないようだった。

考えてみれば、当然だった。

同じ大学に通っているわけでもなさそうだったし、キャンパスで一緒にいるところを見た者など、いるはずもなかった。

 

 

凛のバイト終わりを、何度か尾行してみることにした。

 

我ながら、大袈裟なことをしていると思った。

けれど、確かめずには、いられなかった。

 

 

一度目、二度目は、空振りだった。

凛は、まっすぐアパートに帰るだけだった。

 

 

三度目、バイトを終えた凛が、いつもと違う方向へ歩き出した。

 

距離を置いて、後をつけた。

 

 

辿り着いた先は、繁華街の外れにある、一軒のホテルだった。

 

 

凛が、迷いのない足取りで、中へと入っていく。

 

その光景に、胸の奥が、重くなった。

 

 

しばらく、外で待つことにした。

 

噂が、事実だったのかもしれない。

そう思うと、足が竦んだ。

 

けれど、このまま帰るわけにはいかなかった。

 

 

一時間ほど経った頃、ホテルの入り口から、一人の女性が出てきた。

 

 

整った顔立ち。

隙のない身のこなし。

 

遠目にも、只者ではない雰囲気が伝わってきた。

これが、噂の相手なのだろうか。

 

 

思いきって、声をかけることにした。

 

 

「すみません」

 

呼び止めると、女性が、こちらを振り返った。

 

 

近くで見ると、想像していたよりも、若かった。

三十代くらいかと思っていたが、それよりも、ずっと年下に見えた。

 

 

「赤羽凛くんの、知り合いの方ですか」

 

思いきって、そう聞いた。

 

 

女性の表情が、微かに変わった。

 

警戒するような、値踏みするような視線。

 

「そうですが。あなたは?」

 

 

「俺、大湊凪といいます。凛の、幼馴染です」

 

自己紹介をしながら、女性の反応を、注意深く観察した。

 

 

「幼馴染?」

 

初めて聞く言葉のように、女性が、少し驚いた顔をした。

 

「あの子から、聞いたことなかったんですか」

 

 

「そうですか。あの子、自分のことは、あまり話さないので」

 

淡々とした返事。

けれど、その声色に、少しの寂しさのようなものが、滲んでいる気がした。

 

 

少し、迷った。

 

けれど、ここまで来たら、もう、確かめるしかなかった。

 

 

「単刀直入に、聞いてもいいですか」

 

覚悟を決めて、切り出した。

 

「大学で、変な噂が流れてるんです。凛のこと」

 

 

女性が、怪訝そうな顔をした。

 

「噂?」

 

「はい。年上の女性に、体を売ってるって」

 

 

女性の表情が、はっきりと凍りついた。

 

 

「なんですか、それ」

 

声のトーンが、明らかに変わった。

 

「誰が、そんなこと」

 

 

「詳しいことは、分かりません。ただ、結構、広まってるみたいで」

 

正直に、そう答えた。

 

 

女性が、しばらく、黙り込んだ。

 

怒りとも、戸惑いともつかない表情が、その顔に浮かんでいた。

 

 

「凪くん、でしたね」

 

「はい」

 

「はっきり言っておきます」

 

女性が、まっすぐに、こちらを見た。

 

 

「あの子は、そんな人間じゃありません」

 

 

その一言には、明らかに、単なる利害関係を超えた響きがあった。

 

 

「あなたは」

 

思わず、問いかけた。

 

「凛のこと、どう思ってるんですか」

 

 

女性が、一瞬、言葉に詰まった。

 

その反応だけで、十分だった。

 

 

「それは」

 

言いかけて、女性が、口を閉ざした。

 

「今は、言えません」

 

 

それだけ言い残して、女性は、足早に立ち去っていった。

 

 

去っていく背中を見送りながら、確信めいたものが、胸の中に広がっていった。

 

 

噂は、きっと、全部ではない。

 

あの女性の目には、単なる金づる相手を見る目とは、まったく違う何かが、確かに宿っていた。

 

それに、あの噂を聞いた時の反応。

まるで、自分自身のことのように、怒っていた。

 

 

十年前の、あの優しかった凛は、まだ、どこかにいるはずだった。

 

その真実を、もっと知りたいと、強く思った。