そこにあったはずの愛

番外編10-2「大湊凪」第二話「噂」

十年前の約束を、ずっと覚えていた。

 

「また、会おうね」

「絶対」

 

あの日、施設の玄関先で交わした言葉を、忘れたことはなかった。

 

 

里親に引き取られてからの生活は、決して悪いものではなかった。

けれど、新しい環境に馴染むのに必死で、連絡を取り続けることが、少しずつ難しくなっていった。

 

送った手紙への返事が、途絶えた時期もあった。

それでも、心のどこかで、いつか再会できると信じていた。

 

 

大学に進学し、少し落ち着いた頃、思い切って、凛を探すことにした。

 

手がかりは少なかったけれど、当時の施設の職員に連絡を取り、そこから、少しずつ辿っていった。

 

 

赤羽凛。

同じ都内の大学に、通っているらしいことが分かった。

 

 

大学の掲示板や、学部の名簿を頼りに、少しずつ情報を集めた。

 

そして、ある日、耳にしてしまった。

 

 

「赤羽って、あの綺麗な顔した奴だろ」

 

「年上の女に、体売ってるって噂の」

 

 

廊下ですれ違った学生たちの、何気ない会話。

 

聞き間違いかと思って、思わず、足を止めた。

 

 

「マジで? あの爽やかそうな見た目で」

 

「金持ちの女に、囲われてるらしいよ」

 

 

その言葉が、頭の中で、何度も反響した。

 

 

信じられなかった。

 

記憶の中の凛は、無口で、大人しくて、優しい男の子だった。

誰かを傷つけるようなことも、自分を安売りするようなことも、想像できなかった。

 

 

けれど、噂は、一度聞いてしまうと、頭から離れなかった。

 

 

大学構内で、凛らしき人物を、何度か見かけるようになった。

 

遠目に見る限り、確かに、記憶にある顔立ちの面影があった。

けれど、纏う雰囲気は、まるで違っていた。

 

 

軽やかな足取り。

女子学生たちに囲まれて、屈託なく笑う顔。

 

その姿は、記憶の中の、無口で控えめだった少年とは、あまりにかけ離れていた。

 

 

声をかける勇気が、なかなか出なかった。

 

もし、噂が本当だったら。

もし、記憶の中の凛が、もうどこにもいなかったら。

 

そう考えると、足がすくんだ。

 

 

それでも、確かめずにはいられなかった。

 

 

友人という友人に、それとなく話を聞いて回った。

 

「赤羽凛くんのこと、知ってる?」

 

「ああ、有名だよ。あの人」

 

 

聞くたびに、返ってくるのは、似たような噂だった。

 

「年上の女がいるらしくて」

 

「かなり羽振りいいらしいよ、その女の人」

 

「金づるにしてるって、専らの噂」

 

 

聞けば聞くほど、胸の奥が、重くなっていった。

 

 

けれど、同時に、小さな違和感もあった。

 

噂を語る誰もが、実際に凛から直接聞いたわけではなく、又聞きの又聞きのような、曖昧な情報ばかりだった。

 

 

本当のことは、誰も知らないんじゃないか。

 

そんな考えが、頭をよぎった。

 

 

だとしたら、なおさら、自分の目で確かめたかった。

 

十年前の、あの優しかった凛が、本当に、噂通りの人間になってしまったのか。

 

それとも、何か、事情があるのか。

 

 

答えを知るためには、まず、その「年上の女」を、探し出す必要があった。

 

 

決意を固めて、情報収集を続けることにした。

 

十年越しの約束を、こんな形で果たすことになるとは、思ってもみなかった。

 

けれど、確かめずに、このまま終わらせるわけにはいかなかった。