そこにあったはずの愛

番外編8話「遊園地デート」

朝から、凛のテンションが高かった。

 

「今日、天気もいいし、絶対楽しいって」

 

待ち合わせ場所で、開口一番、そう言われた。

その無邪気な笑顔に、こちらまで自然と気分が上がる。

 

 

「これ」

 

凛が、ポケットから何かを取り出した。

小さな、お揃いのブレスレット。

 

「一個ずつ、つけよ」

 

照れくさそうに差し出されたそれに、思わず、言葉に詰まった。

 

「準備、してたの」

 

「まあ、ちょっと」

 

視線を逸らしながら、耳が赤くなっている。

その姿だけで、朝から胸がいっぱいになった。

 

 

手首に、そっとつけてもらう。

指先が、肌に触れるたび、くすぐったいような、甘いような感覚があった。

 

「似合ってる」

 

満足げに笑う凛に、こちらの頬も、つられて緩んだ。

 

 

「そんなに遊園地、好きだったの」

 

「玲依と来るのが、初めてだから」

 

さらりと呼び捨てにされた名前に、心臓が跳ねた。

 

「今、呼び捨てにした」

 

「たまには、いいでしょ」

 

いたずらっぽく笑う顔に、何も言い返せなかった。

頬が、じんわりと熱を持っていく。

 

 

入園してすぐ、一番人気のジェットコースターの列に並んだ。

 

「四十分待ちだって」

 

「長いね」

 

「暇だね」

 

そう言いながらも、繋いだ手は、離れなかった。

 

 

「ねぇ、今日、何回キスする?」

 

不意に、耳元で囁かれた。

 

「は?」

 

「数えとこうかなって」

 

いたずらっぽい笑みに、思わず肩を叩いた。

 

「バカ」

 

「照れてる」

 

「照れてない」

 

 

列が、少しずつ進んでいく。

 

退屈しのぎに、凛が後ろから、そっと抱きついてきた。

 

「近い」

 

「並んでるだけだし、いいでしょ」

 

顎を、肩に乗せられる。

そのまま、耳元で、他愛のない話が続いた。

 

 

「あのアトラクション、乗ったことある?」

 

「ない。凛は?」

 

「俺も、初めて」

 

「じゃあ、二人とも初心者だね」

 

 

腕が、腰に回されたまま、離れなかった。

 

周りを見渡すと、同じように寄り添うカップルたちが、あちこちにいた。

肩に頭を預ける子、手を繋いだまま額を合わせる子。

 

自分たちも、その光景の一部になっていることに、少しくすぐったい気持ちになった。

 

 

「玲依さん、寒くない?」

 

「平気」

 

「嘘。手、冷たいし」

 

繋いだ手を、両手で包み込まれた。

 

温もりが、じんわりと伝わってくる。

 

 

「これで、あったかい?」

 

「うん」

 

素直に頷くと、凛が満足そうに笑った。

 

 

そんな他愛のないやり取りだけで、四十分は、あっという間に過ぎていった。

 

 

コースターが、ゆっくりと上昇していく。

 

高さが増すにつれ、隣にある凛の手を握る力が、無意識に強くなっていった。

 

「怖いの?」

 

からかうような声。

 

「怖くない」

 

強がって答えたそばから、頂上に達した瞬間、悲鳴混じりに、その手を、さらに強く握りしめてしまった。

 

落下と同時に、凛の笑い声が、風の中に混じって聞こえた。

「めちゃくちゃ怖がってるじゃん」

 

「うるさい、黙って」

 

叫びながらも、繋いだ手だけは、最後まで離さなかった。

 

 

コースターを降りたあと、二人とも、しばらく声が出なかった。

 

「やば、心臓バクバクいってる」

 

凛が、興奮冷めやらぬ様子で、胸を押さえている。

 

 

「これ、触ってみて」

 

手を取られて、胸に押し当てられた。

 

確かに、激しく脈打っている。

 

「本当だ」

 

顔を上げると、思いのほか近い距離に、凛の顔があった。

 

どちらからともなく、軽く唇が触れる。

 

離れたあと、どちらからともなく、クスッと笑ってしまった。

見つめ合ったまま、しばらく、言葉もなかった。

 

 

「玲依さんのも、聞かせて」

 

 

今度は、凛の手が、こちらの胸に、そっと触れた。

 

近い距離。

絶叫の余韻もあってか、自然と、体が寄り添っていた。

 

 

売店で、クレープを買った。

 

「はい、あーん」

 

差し出されたそれに、少し躊躇いながらも、口を開けた。

 

「甘い」

 

「玲依さんも、あーんして」

 

差し出されたクレープに、少し身構えながら、口を開けた。

 

頬張った瞬間、口の端に、クリームがついてしまう。

 

「ついてる」

 

凛が、笑いながら指摘した。

 

慌てて拭おうとしたけれど、その前に、凛の顔が近づいてきた。

 

 

指の代わりに、舌が、そっと触れる。

 

クリームを舐め取られた瞬間、心臓が跳ねた。

 

 

そのまま、離れることなく、唇が重なった。

 

軽く、けれど確かな熱を持った口づけ。

 

 

離れたあと、顔が、燃えるように熱くなっているのが分かった。

 

「な、なに、今の」

 

「ついでに」

 

悪びれもせず、凛が笑う。

 

「玲依さん、真っ赤」

 

「うるさい」

 

 

歩き出してすぐ、少し先に、プリントシール機の看板が見えた。

 

「あ、あれ」

 

凛が、指差した。

 

「記念に、撮ろう」

 

「え、こういうの、慣れてなくて」

 

「俺も。だから、一緒に」

 

 

引っ張られるように、狭いブースの中に入った。

 

肩が触れ合うほどの距離。

画面の指示に戸惑いながら、ぎこちなく笑顔を作る。

 

「もっと、くっついて」

 

腰に腕が回されて、ぐっと引き寄せられた。

 

密着した体温に、写真を撮る前から、頬が熱くなっていく。

 

 

出来上がったシールには、頬を赤らめたまま、ぎこちなく笑う自分と、その隣で満足そうに笑う凛が写っていた。

 

「これ、可愛い」

 

「玲依が可愛いだけ」

 

さらりと言われた言葉に、また、心臓が跳ねた。

 

一枚を、財布にしまいながら、この写真を見返すたび、今日のことを思い出すのだろうと思うと、それだけで胸が温かくなった。

 

 

夕方が近づく頃、最後に観覧車に乗ることにした。

 

ゴンドラに二人で乗り込む。

窓の外、遊園地全体が、少しずつ小さくなっていく。

 

 

「今日、楽しかった」

 

隣で、凛が、しみじみと呟いた。

 

「うん。私も」

 

 

てっぺんに近づくにつれ、街の光が、視界いっぱいに広がっていった。

 

夕陽が沈みかけ、空が、淡いオレンジと紫に染まっている。

 

 

「綺麗だね」

 

窓の外を見つめながら、そう呟いた。

 

 

視線を戻すと、凛が、こちらをじっと見ていた。

 

「玲依さんの方が、綺麗」

 

 

臆面もなく言われた言葉に、頬が熱くなる。

 

「調子いいこと言って」

 

「本当のことだよ」

 

 

じっと見つめられて、逃げ場がなくなった。

 

「好き」

 

不意打ちのように、そう囁かれた。

 

「今、それ言う?」

 

「言いたくなったから」

 

耳まで赤くなっているのが、自分でも分かった。

 

「私も」

 

小さく、けれど確かに、そう返した。

 

 

顔が、自然と近づいていった。

 

ゴンドラが、ちょうど頂点に差し掛かる瞬間。

 

 

唇が、そっと重なった。

 

窓の外、街の光が、二人を優しく包んでいるようだった。

 

 

離れたあと、どちらからともなく、笑ってしまった。

 

「これで、三回目?」

 

「数えてたんだ」

 

「玲依さんが、数え忘れてただけ」

 

 

「もう一回する?」

 

いたずらっぽく聞かれて、頷いた。

 

もう一度、唇が重なる。

 

 

窓の外の景色が、ゆっくりと下降していく。

 

けれど、この日の記憶は、いつまでも、あの高さのままで残る気がした。

 

 

「今度は、どこ行こうか」

 

観覧車を降りながら、凛が聞いてくる。

 

「次も、考えてくれるの」

 

「当たり前でしょ。玲依さんと行きたいとこ、まだまだあるし」

 

 

繋いだ手に、少し力を込めた。

 

これから先も、こんな何気ない幸せを、たくさん積み重ねていけたらいい。

そう思いながら、夕暮れの遊園地を、二人で後にした。