そこにあったはずの愛

番外編6話「せがまれる味」

自炊という習慣が、これまでの人生になかった。

 

外食か、デリバリーか、コンビニ弁当。

一人で生きてきた二十五年近く、それで十分だと思っていた。

 

 

同居を始めてから、その習慣は、静かに塗り替えられていった。

 

凛の手料理が、当たり前に食卓に並ぶようになった。

 

 

その日の夕食は、肉じゃがだった。

 

一口食べた瞬間、思わず、箸が止まった。

 

 

「これ、美味しい」

 

素直な感想が、口をついて出た。

 

「よかった。母さん直伝だから」

 

凛が、少し照れたように笑う。

 

 

無駄のない味付け。

けれど、丁寧に煮込まれた、優しい味だった。

 

貧しい生活の中で、切り詰めながら覚えたはずの料理。

それが今、こんなにも、誰かを満たす力を持っている。

 

 

「また、作って」

 

思わず、そうねだっていた。

 

自分の声が、いつもより、無防備に聞こえた。

 

 

「いつでも作るよ」

 

凛が、あっさりと頷く。

 

その気安さに、なぜか、胸が温かくなった。

 

 

契約時代には、考えられなかったことだった。

 

何かを望むことも、それを口にすることも、あの頃は、簡単には許されなかった。

 

けれど今は、こんなにも自然に、望みを言葉にできる。

 

 

「凛の料理、いつもすごいなって思う」

 

「そんな大したものじゃないよ。生きるために、覚えただけだから」

 

軽い口調だったけれど、その言葉の裏にある重みを、知っている。

 

 

生き延びるために、身につけた技術。

それが今は、誰かを喜ばせるための、特技に変わっている。

 

その変化そのものが、この三年間の歩みを、静かに物語っている気がした。

 

 

「今度、教えて」

 

思いきって、そう頼んでみた。

 

凛が、目を丸くする。

 

「玲依さんが、料理を?」

 

「うん。私、本当に何もできないから」

 

正直に、そう認めた。

 

 

凛の顔に、じわじわと、嬉しそうな笑みが広がっていった。

 

「いいよ。教える」

 

少し得意げな声。

普段とは違う、その表情が、可愛らしかった。

 

 

「まずは、包丁の持ち方からだね」

 

「厳しくしないでね」

 

「厳しくするよ、絶対」

 

からかうように笑う凛に、思わず笑ってしまった。

 

 

料理そのものより、こうして誰かに何かをねだれること。

誰かが、それに応えてくれること。

 

その当たり前が、どれほど尊いものか、今はよく分かる。

 

 

今度の休日、一緒に台所に立つ約束をした。

 

きっと、うまくはできないだろう。

それでも、その時間そのものが、楽しみで仕方なかった。