番外編2話の1「噂の始まり」
玲依が在宅で仕事をするようになってから、大学に顔を出す機会が増えた。
時間の融通が利く分、送迎したり、忘れ物を届けに来たり。
そんな些細な出来事が、少しずつ積み重なっていった。
雨の日、講義棟の前に、見慣れた車が停まっていた。
助手席の窓が開いて、玲依が顔を覗かせる。
「濡れるから、乗って」
短いその一言に、何人かの視線が集まるのが分かった。
洗練された車。
隙のない身なりの玲依。
遠目にも、一際目立つ存在だった。
「今の、誰?」
「送迎付きとか、すごくない?」
背後で交わされる声を、聞こえないふりでやり過ごした。
別の日、資料を家に忘れたことがあった。
「取りに帰る時間、ないでしょ」
連絡すると、玲依がわざわざ届けに来てくれた。
キャンパスの正門で待つ玲依の姿は、周りの誰とも違う空気をまとっていた。
姿勢のよさ、歩き方、纏う服の質。
すれ違う学生たちが、思わず振り返るのが分かった。
「あの人、モデルか何か?」
「彼、パトロンでもいるんじゃない?」
そんな囁きが、耳をかすめていく。
「ありがとう」
資料を受け取りながら、周りの視線には気づかないふりをした。
「授業、頑張って」
微笑む玲依の姿に、また新しい視線が集まる。
放課後、校門近くのカフェで待ち合わせることも増えた。
窓際の席で、他愛のない話をする。
今日の授業のこと、玲依の仕事のこと。
何気ない、幸せな時間だった。
けれど、店を出る時、通りすがりの学生たちの視線が、いつも少し気になった。
「なんか、あの二人」
「女の人の方、結構年上じゃない?」
「もしかして、養われてる系?」
聞こえるか聞こえないかの声。
けれど、耳は勝手に拾ってしまう。
その言葉の意味を、深く考えないようにした。
玲依との時間は、変わらず幸せだった。
送迎される時間も、忘れ物を届けてもらう時間も、放課後を共に過ごす時間も、どれも大切なものだった。
それなのに、ふとした瞬間、胸の奥に小さな棘が刺さるような感覚があった。
視線が、増えている。
囁きが、積み重なっている。
まだ、直接何か言われたわけじゃない。
けれど、何かが少しずつ、変わり始めている気がした。
その違和感の正体に、まだ気づかないふりをしていた。
玲依が在宅で仕事をするようになってから、大学に顔を出す機会が増えた。
時間の融通が利く分、送迎したり、忘れ物を届けに来たり。
そんな些細な出来事が、少しずつ積み重なっていった。
雨の日、講義棟の前に、見慣れた車が停まっていた。
助手席の窓が開いて、玲依が顔を覗かせる。
「濡れるから、乗って」
短いその一言に、何人かの視線が集まるのが分かった。
洗練された車。
隙のない身なりの玲依。
遠目にも、一際目立つ存在だった。
「今の、誰?」
「送迎付きとか、すごくない?」
背後で交わされる声を、聞こえないふりでやり過ごした。
別の日、資料を家に忘れたことがあった。
「取りに帰る時間、ないでしょ」
連絡すると、玲依がわざわざ届けに来てくれた。
キャンパスの正門で待つ玲依の姿は、周りの誰とも違う空気をまとっていた。
姿勢のよさ、歩き方、纏う服の質。
すれ違う学生たちが、思わず振り返るのが分かった。
「あの人、モデルか何か?」
「彼、パトロンでもいるんじゃない?」
そんな囁きが、耳をかすめていく。
「ありがとう」
資料を受け取りながら、周りの視線には気づかないふりをした。
「授業、頑張って」
微笑む玲依の姿に、また新しい視線が集まる。
放課後、校門近くのカフェで待ち合わせることも増えた。
窓際の席で、他愛のない話をする。
今日の授業のこと、玲依の仕事のこと。
何気ない、幸せな時間だった。
けれど、店を出る時、通りすがりの学生たちの視線が、いつも少し気になった。
「なんか、あの二人」
「女の人の方、結構年上じゃない?」
「もしかして、養われてる系?」
聞こえるか聞こえないかの声。
けれど、耳は勝手に拾ってしまう。
その言葉の意味を、深く考えないようにした。
玲依との時間は、変わらず幸せだった。
送迎される時間も、忘れ物を届けてもらう時間も、放課後を共に過ごす時間も、どれも大切なものだった。
それなのに、ふとした瞬間、胸の奥に小さな棘が刺さるような感覚があった。
視線が、増えている。
囁きが、積み重なっている。
まだ、直接何か言われたわけじゃない。
けれど、何かが少しずつ、変わり始めている気がした。
その違和感の正体に、まだ気づかないふりをしていた。

