そこにあったはずの愛

第百十四話「本当の理由」

あの日から、数日が過ぎていた。

 

母の表情が、頭から離れなかった。

このままにはできない。

そう思って、玲依に相談した。

 

「もう一度、話しに行く」

 

「一緒に行く」

 

迷いのない返事に、少しだけ救われた。

 

 

実家の玄関を開けると、母が少し驚いた顔をした。

 

「また来たの」

 

「ちゃんと、話したいことがあって」

 

食卓に着くなり、母の視線が、こちらと玲依を交互に行き来した。

 

 

「三年前のこと、ちゃんと話してなかった」

 

覚悟を決めて、口を開いた。

 

「玲依のこと、最初から好きだった。出会った瞬間から」

 

母が、わずかに目を見開く。

 

 

「でも、自分に自信がなくて。玲依の世界と、俺の世界が違いすぎて、素直に好きだって言えなかった」

 

言葉を、一つずつ選びながら続けた。

 

「だから、あえて軽い感じで近づいた。本気じゃないふりをして」

 

「それで、うまくいったの」

 

母の声に、まだ硬さが残っていた。

 

「うまくいったっていうか」

 

隣で、玲依が静かに口を開いた。

 

 

「私も、似たようなものでした」

 

母の視線が、玲依に向く。

 

「当時、色々あって。荒れた生活をしてました。人と、ちゃんと向き合う自信がなかった」

 

淡々と、けれど誠実に語られる言葉。

 

「凛さんに出会って、初めて、まともになりたいと思えたんです」

 

 

「色々って?」

 

母の問いに、玲依が少し言葉に迷った。

 

「実の母を早くに亡くして。家族との間にも、色々ありました」

 

多くは語らなかった。

けれど、それだけで十分伝わるものがあった。

 

「裕福だから、何も苦労してないわけじゃないんです」

 

 

母は、しばらく黙っていた。

視線が、テーブルの一点に落ちている。

 

「歪んだ始まりだったのかもしれない」

 

静かに、そう続けた。

 

「お互い、素直になれなくて、遠回りして。それでも、この三年は、俺にとって必要な時間だった」

 

 

「必要な時間、ね」

 

母が、小さく呟いた。

 

「あんたがそこまで言うなら」

 

言葉が、そこで一度止まる。

 

 

「本当に、幸せなの」

 

真っ直ぐな問いだった。

 

「うん」

 

迷わず、頷いた。

 

 

母の表情が、わずかに緩んだ。

まだ完全に晴れたわけじゃない。

けれど、さっきまでとは、確かに違う空気があった。

 

「もう少し、見てようと思う」

 

その一言に、肩の力が抜けた。

 

 

「今度は、ちゃんとご飯でも食べに来なさい。二人で」

 

素っ気ない言い方だったけれど、そこに滲む変化を、聞き逃さなかった。

 

「うん、また来る」

 

隣で、玲依が小さく微笑んでいるのが分かった。

 

 

帰り道、繋いだ手に、少しだけ力が入った。

完全な和解には、まだ遠い。

 

それでも、確かに何かが、動き始めていた。