そこにあったはずの愛

第百九話「決めた」

古いアパートの部屋を、ぼんやりと見渡した。

 

三年間、住み続けた部屋。

狭くて、隙間風が入って、それでも自分の力で借りた場所だった。

 

玲依からの提案を受けてから、もう三日が経っている。

答えは、まだ出ていなかった。

 

 

「対等でいたい」

 

自分で言った言葉が、頭の中で何度も繰り返される。

その意地が、間違っているとは思わない。

 

けれど、対等って、なんだろう。

考えれば考えるほど、輪郭がぼやけていく。

 

 

バイト先に向かう道すがら、ふと足を止めた。

夕暮れの空を、しばらく見上げる。

 

三年前、玲依に条件を提示された日のことを思い出した。

「私以外の女を抱かないって約束するなら」

その言葉の裏にあった孤独に、当時は気づけなかった。

 

 

対等だと思っていたことが、実は違ったのかもしれない。

金づるのふりをして、本当は誰よりも玲依に惹かれていたあの頃。

自分の弱さを隠すために、対等という言葉を、都合よく使っていたんじゃないか。

 

 

バイトのシフトに入っても、頭の片隅で、ずっと考え続けていた。

 

厨房の隅で、店長に声をかけられる。

 

「赤羽くん、最近シフト減らしてるけど、大丈夫か」

 

「大丈夫です。ちょっと、生活が変わりそうで」

 

軽く答えながら、自分の言葉に、少し驚いた。

変わりそう、じゃない。

もう、変える気になっている。

 

 

対等って、何かを負担することじゃない。

玲依が、そう言っていた。

 

支え合うのに、金額を揃える必要はない。

 

その言葉の意味を、ようやく実感として理解できた気がした。

玲依が差し出しているのは、生活の負担を背負わせることじゃない。

一緒にいたい、という、ただそれだけの願いだった。

 

 

意地を張り続けることが、本当に対等なんだろうか。

差し出された手を、素直に取ることも、また一つの誠実さなんじゃないか。

 

そう思った瞬間、迷いが、すっと晴れていった。

 

 

その夜、シフトを終えてすぐ、玲依のマンションに向かった。

 

インターホンを押すと、少し驚いた顔の玲依が出てきた。

 

「どうしたの、こんな時間に」

 

「話したいことがあって」

 

 

玄関先で、まっすぐに向き合った。

 

「一緒に住む」

 

短く、そう言った。

 

「対等っていうのが、何なのか、まだちゃんと分かってないけど」

 

「うん」

 

「玲依さんと一緒にいたいって気持ちを、意地で誤魔化すのは、もうやめる」

 

 

玲依が、しばらく黙っていた。

それから、ゆっくりと笑った。

 

「遅かったね」

 

「悪い?」

 

「ううん」

 

首を振って、玲依が一歩、こちらに近づいてくる。

 

 

「待ってた」

 

その一言に、これまでの三日間の迷いが、全部報われた気がした。

 

腕を伸ばして、玲依を抱き寄せた。

古いアパートで一人、過ごしてきた夜の数を、これからは減らしていける。

 

そのことが、今はただ、嬉しかった。