そこにあったはずの愛

第百八話「一緒に住まない?」

玲依に、隠しごとをする必要がなくなってから、凛の生活が少し変わった。

 

以前のように、身なりを整えるためだけに、寝る間を惜しんでバイトを詰め込む必要はなくなった。

それでも、続けている。

自分の足で立っていたいという、凛らしい意地なのだと思う。

 

 

洗面所に、また新しい歯ブラシが増えていた。

いつの間にか、二本になっている。

 

クローゼットの端には、凛のシャツが数枚。

引き出しの一段は、もう凛のものでいっぱいだった。

 

気づけば、週の半分以上を、ここで過ごしている。

 

 

「凛のもの、増えたね」

 

洗濯物を畳みながら、なんとなく口にした。

 

「邪魔?」

 

「そうじゃなくて」

 

言葉を探しながら、畳んだシャツを、そっと膝の上に置いた。

 

 

「一緒に住まない?」

 

思っていたより、あっさりと言葉が出た。

言ってしまってから、少し驚いた。

自分から、こんな提案をする日が来るとは思わなかった。

 

 

凛が、動きを止めた。

 

「本気で言ってる?」

 

「本気」

 

「でも」

 

歯切れの悪い返事。

いつもの飄々とした調子は、そこになかった。

 

 

「俺、まだ学生だし。バイトはしてても、家賃を折半できるほどじゃない」

 

「別に、折半してとは言ってない」

 

「それだと、俺がただ転がり込むだけになる」

 

凛の声に、はっきりとした遠慮があった。

 

 

「対等でいたい」

 

小さく、けれど確かにそう言った。

 

「玲依さんに、養われてるみたいになるのは、嫌なんだ」

 

その言葉に、以前の父とのやり取りを思い出した。

コネを拒み、自分の力で道を選んだ凛らしい台詞だった。

 

 

「対等って、お金のことだけじゃないと思う」

 

静かに、そう返した。

 

「凛がここにいてくれるだけで、私は十分もらってる」

 

凛が、こちらを見た。

 

「支え合うのに、金額を揃える必要はないでしょ」

 

 

沈黙が、しばらく続いた。

やがて、凛が小さく息を吐いた。

 

「少し、考えさせて」

 

「うん」

 

「でも」

 

言葉を継ぎながら、凛がふっと笑った。

 

「悪くない話だとは、思ってる」

 

 

その一言だけで、十分だった。

即答でなくても、前向きな響きがそこにあった。

 

畳んだシャツを、もう一度手に取る。

いつか、これが当たり前になる日が来るのだろうか。

 

そう思うだけで、胸の奥が、静かに温かくなった。