第百三話「彼氏なら、連れてきなさい」
結依と会うのが、当たり前になってきた。
和解してから、まだ数ヶ月しか経っていない。
それなのに、もうずっと前からこうしていたような気さえする。
「お姉ちゃん、聞いて聞いて」
学校帰りの結依が、カフェの席に滑り込んでくる。
制服姿のまま、テーブルに身を乗り出してきた。
「文化祭の実行委員、決まったんだけど」
「結依がやるの?」
「うん。ちょっと大変そうだけど、楽しみでもある」
高校生らしい話題に、自然と頬が緩む。
こういう、なんでもない会話が、たまらなく愛おしい。
「お姉ちゃんは? 最近どう」
「独立の準備、少しずつ進めてる」
「へえ、お姉ちゃんらしい」
結依の口調に、屈託がない。
かつて感じていた距離は、もうどこにも残っていなかった。
飲み物を一口飲んでから、結依が不意に切り出した。
「そういえば、お父さんが」
「うん?」
「お姉ちゃんに彼氏がいるなら、一度連れてきなさいって言ってた」
心臓が、跳ねた。
「いつ、そんな話に」
「この間、家族で食事した時。お姉ちゃん、彼氏いるでしょって聞かれて」
「結依、なんて答えたの」
「いるよ、とだけ。凛さんのことは言ってない」
さらりと返された言葉に、少し驚いた。
「言わなくて、平気だったの」
「うん。お父さんに話すことじゃないし。私と凛さんのことは、もう終わった話だから」
結依の声は、思っていたよりずっと軽かった。
無理をしている響きは、どこにもない。
「本当に、大丈夫なの」
念を押すように聞いた。
あの日の告白と、真実を知った日のことが、今でも時々よぎるから。
「大丈夫だよ」
結依が、まっすぐこちらを見た。
「あの時ちゃんと気づいたから。凛さんが好きだったんじゃなくて、誰かに全力で見てもらいたかっただけなんだって」
「結依」
「それに、凛さんのお姉ちゃんへの想い見てたら、敵う訳ないってすぐ分かったし」
からりとした口調。
けれどその奥に、確かに自分の足で乗り越えた強さがあった。
「連れてきなさいって、本気なの」
「本気だと思う。お父さん、最近ちょっと変わったから」
変わった、という言葉に、思わず視線を落とした。
家族の真実が明らかになったあの日以来、父との関係は少しずつ、けれど確かに変わっている。
それでも、まだどこかにぎこちなさが残っていた。
継母や結依とは違う、埋まりきらない距離。
「不安?」
結依が、こちらの顔を覗き込んでくる。
その目には、姉を気遣う優しさがあった。
「少し」
正直にそう答えた。
結依の前でなら、弱さを見せてもいいと、今は思える。
「大丈夫だよ。お姉ちゃんの彼氏なら、きっとお父さんも気に入ると思う」
「どうしてそう言い切れるの」
「お姉ちゃんが選んだ人だから。それに、凛さんは私が一番よく知ってる」
その一言に、はっとした。
結依にとって凛は、単なる名前だけの相手じゃない。
一度本気でぶつかって、真正面から見て、それでも認めた相手だった。
「誠実な人だよ、凛さんは」
結依の言葉に、迷いはなかった。
「私も、会えるの楽しみにしてる。お父さんに紹介する日」
「結依が、そう言ってくれるの、心強い」
「当たり前じゃん。家族だもん」
さらりと放たれた一言が、じんわりと胸に染みた。
家に帰る道すがら、頭の中は父との対面のことでいっぱいだった。
凛にどう切り出すか。
父は、凛をどう見るのか。
不安がないと言えば、嘘になる。
けれど結依の言葉が、少しだけ、勇気をくれていた。
お姉ちゃんが選んだ人だから。
誠実な人だよ、凛さんは。
その言葉を、何度も反芻しながら、夜道を歩いた。
結依と会うのが、当たり前になってきた。
和解してから、まだ数ヶ月しか経っていない。
それなのに、もうずっと前からこうしていたような気さえする。
「お姉ちゃん、聞いて聞いて」
学校帰りの結依が、カフェの席に滑り込んでくる。
制服姿のまま、テーブルに身を乗り出してきた。
「文化祭の実行委員、決まったんだけど」
「結依がやるの?」
「うん。ちょっと大変そうだけど、楽しみでもある」
高校生らしい話題に、自然と頬が緩む。
こういう、なんでもない会話が、たまらなく愛おしい。
「お姉ちゃんは? 最近どう」
「独立の準備、少しずつ進めてる」
「へえ、お姉ちゃんらしい」
結依の口調に、屈託がない。
かつて感じていた距離は、もうどこにも残っていなかった。
飲み物を一口飲んでから、結依が不意に切り出した。
「そういえば、お父さんが」
「うん?」
「お姉ちゃんに彼氏がいるなら、一度連れてきなさいって言ってた」
心臓が、跳ねた。
「いつ、そんな話に」
「この間、家族で食事した時。お姉ちゃん、彼氏いるでしょって聞かれて」
「結依、なんて答えたの」
「いるよ、とだけ。凛さんのことは言ってない」
さらりと返された言葉に、少し驚いた。
「言わなくて、平気だったの」
「うん。お父さんに話すことじゃないし。私と凛さんのことは、もう終わった話だから」
結依の声は、思っていたよりずっと軽かった。
無理をしている響きは、どこにもない。
「本当に、大丈夫なの」
念を押すように聞いた。
あの日の告白と、真実を知った日のことが、今でも時々よぎるから。
「大丈夫だよ」
結依が、まっすぐこちらを見た。
「あの時ちゃんと気づいたから。凛さんが好きだったんじゃなくて、誰かに全力で見てもらいたかっただけなんだって」
「結依」
「それに、凛さんのお姉ちゃんへの想い見てたら、敵う訳ないってすぐ分かったし」
からりとした口調。
けれどその奥に、確かに自分の足で乗り越えた強さがあった。
「連れてきなさいって、本気なの」
「本気だと思う。お父さん、最近ちょっと変わったから」
変わった、という言葉に、思わず視線を落とした。
家族の真実が明らかになったあの日以来、父との関係は少しずつ、けれど確かに変わっている。
それでも、まだどこかにぎこちなさが残っていた。
継母や結依とは違う、埋まりきらない距離。
「不安?」
結依が、こちらの顔を覗き込んでくる。
その目には、姉を気遣う優しさがあった。
「少し」
正直にそう答えた。
結依の前でなら、弱さを見せてもいいと、今は思える。
「大丈夫だよ。お姉ちゃんの彼氏なら、きっとお父さんも気に入ると思う」
「どうしてそう言い切れるの」
「お姉ちゃんが選んだ人だから。それに、凛さんは私が一番よく知ってる」
その一言に、はっとした。
結依にとって凛は、単なる名前だけの相手じゃない。
一度本気でぶつかって、真正面から見て、それでも認めた相手だった。
「誠実な人だよ、凛さんは」
結依の言葉に、迷いはなかった。
「私も、会えるの楽しみにしてる。お父さんに紹介する日」
「結依が、そう言ってくれるの、心強い」
「当たり前じゃん。家族だもん」
さらりと放たれた一言が、じんわりと胸に染みた。
家に帰る道すがら、頭の中は父との対面のことでいっぱいだった。
凛にどう切り出すか。
父は、凛をどう見るのか。
不安がないと言えば、嘘になる。
けれど結依の言葉が、少しだけ、勇気をくれていた。
お姉ちゃんが選んだ人だから。
誠実な人だよ、凛さんは。
その言葉を、何度も反芻しながら、夜道を歩いた。

