ノンデリ男の敗北  ~モテる俺が法学部女子に告白したら「私は好きではありません」と普通に振られた~

十二月に入ると、スーパーの入口に小さなクリスマスツリーが置かれた。

その横を、凛と二人で買い物かごを持って通り過ぎた。
日曜日の午後。俺の部屋で夕飯を作るために、食材を買いに来ていた。

「鍋でよくない? あったまるし。」

「いいね。冷蔵庫に白菜、残ってたよ。」

「あれ、まだ使える?」

「昨日買ったって言ってなかった?」

そうだった。
凛に笑われながら、俺はかごに豆腐を入れた。

こういう休日が、少しずつ増えていた。
どこかへ出かける日もあれば、昼過ぎに会って、買い物をして帰るだけの日もあった。

野菜売り場を回っていると、凛が長ねぎを一本手に取った。

「もし一緒に住むなら、スーパーが近いところがいいな。」

俺は、隣を見た。

「……一緒に住む家の話?」

「うん。夏樹くん、この前言ってたでしょ。」

言った。
今すぐじゃなくていいから、考えてほしいと。

でも、凛のほうからそんなふうに話し始めるとは思っていなかった。

「近いほうが、仕事帰りに寄りやすいし。」

「うん。」

「あと、駅から家までの道が明るいところ。」

「うん。」

凛が俺を見上げた。

「聞いてる?」

「めちゃくちゃ聞いてる。今、ちょっと嬉しくて。」

「……まだ、希望を言っただけだよ。」

「その希望が聞きたかったんだって。」

凛は目を伏せて、長ねぎをかごに入れた。
その耳が、少し赤くなっていた。

◇

部屋に戻って鍋を火にかけると、窓がうっすら曇った。

俺が皿を並べている間に、凛はテーブルの上の雑誌を端へ寄せた。
二人分の場所を作るその手つきを、つい目で追っていた。

「夏樹くんは?住むところの希望。」

「凛と住めれば、どこでも。」

「通勤に二時間かかっても?」

「……それはちょっと考える。」

「ちゃんと考えて。」

即答したら、即座に言い返された。

俺は凛の向かいに座った。

「お互い、会社に行きやすいとこがいいよな。俺だけ近くても、凛が大変だったら意味ないし。」

「うん。乗り換えも少ないと嬉しい。」

「あと、キッチン。さっき二人で立ったら狭かったし。」

「夏樹くん、ずっと引き出しの前にいたから。」

「あれ、俺が邪魔だっただけ?」

凛は笑ってから、少し考えるように視線を落とした。

「それと、別々のことをしてても落ち着ける場所があるといいな。」

「別々?」

「本を読んだり、勉強したり。夏樹くんも、家で仕事の資料を見ることあるでしょ。」

「ああ、そっか。」

一緒に住むといっても、ずっと同じことをするわけじゃなかった。
俺がテレビを見たいときに、凛は静かに本を読みたいかもしれなかった。

「じゃあ、俺が話しかけすぎたら言って。」

「言われる前に気づいてくれると助かる。」

「そこは努力する。」

鍋の蓋がかたかた鳴って、俺は立ち上がった。

食べながら、今度は家賃の話になった。
スマホでいくつか見てみると、駅に近くて、広くて、新しい部屋は、当然のように高かった。

「……みんな、考えること同じなんだな。」

「便利なところに住みたいもんね。」

「俺、毎月もう少し貯金しようかな。」

凛が箸を止めた。

「無理はしないでね。」

「してない。コンビニで余計に買うの減らすとか、そのくらい。」

「それなら、私も毎月いくら残せるか考えてみる。」

「凛も?」

「二人で住むんでしょ。」

当たり前みたいに返されて、俺はスマホから顔を上げた。

凛は豆腐を小さく崩しながら続けた。

「私も準備したい。夏樹くんだけで進めないで、相談して。」

「……うん。わかった。」

頼ってほしいとは思っていた。
でも、凛は俺と一緒に考えようとしてくれていた。

そのほうが、ずっと心強かった。

クリスマスの予定も、その延長で決まった。

「二十五日、どっか食べに行かない?」

ソファに座って店を探しながら聞くと、凛が俺のスマホをのぞき込んだ。

「いいね。夏樹くん、仕事は?」

「定時で帰れるように進める。予約は、ちょっと余裕ある時間にしようと思って。」

「私もその日は早く帰れるようにしておく。」

画面に並んだ店を、一緒に見ていった。
料理の写真も値段も、店によってずいぶん違った。

「せっかくだし、こういうとこ?」

少し背伸びした店を見せると、凛は写真を眺めてから俺を見た。

「ここも素敵だけど、私はこっちが気になる。」

凛が指したのは、小さなイタリアンの店だった。
気取らない雰囲気で、二人の会社からも行きやすい場所にあった。

「このパスタ、おいしそう。」

「ほんとだ。肉もある。」

「そこは外せないんだね。」

「大事だろ。」

凛は笑って、もう一度画面を見た。

「これからの貯金もしたいけど、こういう日は二人で楽しみたいな。」

「うん。」

「毎回すごく高いところじゃなくても、一緒に選べたら嬉しい。」

俺は店のページを開いた。

「じゃあ、今年はここにしよ。」

「うん。」

予約を済ませると、凛が自分のスマホの予定表にも店の名前を入れた。

その隣で、俺は予約完了の画面をもう一度確認した。
まだ先なのに、もう楽しみだった。

◇

十二月二十五日。

俺は朝から、今日中に終わらせる仕事を確認していた。
夕方になって慌てないように、確認が必要なものは早めに聞いた。提出する資料も見直して、送信を済ませた。

定時が近づくと、つい時計を見る回数が増えた。

帰る準備を整えて、時刻が変わったところで席を立った。

「お先に失礼します!」

挨拶をして、鞄を持った。
会社を出てからは、自然と足が速くなった。

予約までには余裕があった。
でも、その前に凛に会いたかった。

駅へ向かいながら、メッセージを送った。

『今出た!』

少しして、返信が届いた。

『私も。慌てなくて大丈夫だよ。』

……なんでわかったんだろ。

俺は歩く速さを、ほんの少しだけ緩めた。

待ち合わせの場所には、俺が先に着いた。
やがて改札から出てきた凛が、俺を見つけて小さく手を上げた。

「お疲れさま。」

「凛も。ちゃんと終われた?」

「うん。夏樹くんも早かったね。」

「定時で出てきた。」

「そんなに急がなくても、間に合ったでしょ。」

「いや、早く会えるじゃん。」

凛は一度口を閉じて、マフラーに少し顔を埋めた。

「……じゃあ、行こ。」

その声が柔らかくて、朝から頑張った甲斐があったと思った。

◇

店の窓には、小さな星の飾りが下がっていた。

予約の名前を伝えると、奥の二人席へ案内された。
コートを脱いで向かい合うと、凛がほっと息をついた。

「ちゃんと来られたね。」

「うん。メリークリスマス。」

「メリークリスマス。」

運ばれてきた飲み物で乾杯した。

凛が気になっていたパスタも、俺が楽しみにしていた肉料理もおいしかった。
一口食べるたびに顔を見合わせて、ここにしてよかったなと話した。

「最近、仕事どう?」

俺が聞くと、凛は少し考えた。

「任せてもらえることは増えたけど、まだ確認してばっかり。」

「わかる。俺も一人でできたと思ったら、抜けてたりする。」

「帰ってから、あれ大丈夫だったかなって思い出すことない?」

「ある。めちゃくちゃある。」

凛は小さく笑った。
俺もつられて笑いながら、入社した頃より、こういう話が増えたことに気づいた。

デザートが来る頃には、住む場所の話になっていた。

「この辺、二人とも来やすかったね。」

凛が窓の外を見ながら言った。

「住むのにもよさそう?」

「うん。でも、駅から少し離れたところも歩いてみたい。静かかどうか、知りたいし。」

「じゃあ、今度の休みに見てみる?」

「見てみたい。あと、スーパーも。」

「そこ、大事だもんな。」

凛は頷いてから、スプーンを置いた。

「まだ決めるのは先でも、二人で見ておきたいな。」

「うん。俺も。」



すぐに部屋を借りるわけじゃなかった。
それでも、次の休日に一緒にしたいことが、また一つ増えた。

店を出ると、冷たい空気に思わず肩をすくめた。
隣で凛がマフラーを巻き直していた。

「おいしかったね。」

「な。また来たい。」

「うん。ここなら、記念日じゃなくても来られそう。」

俺は頷いた。

少し先のことも、来週のことも。
凛から聞けるのが嬉しかった。

「次に来たら、俺、あっちのパスタ食べたい。」

「夏樹くん、食べてる人の見てたでしょ。」

「ばれてた?」

「すごく見てた。」

笑いながら、駅へ向かった。

住みたい街も、必要な貯金も、まだ相談の途中だった。
帰ったら、今日話したことをスマホのメモに足しておこうと思った。