ノンデリ男の敗北  ~モテる俺が法学部女子に告白したら「私は好きではありません」と普通に振られた~

十一月に入ると、日が暮れるのが一気に早くなった。
凛が来たときには明るかった窓の外も、夕飯を食べ終える頃にはすっかり暗くなっていた。

洗った皿を水切りかごに置くと、隣から凛が布巾を差し出した。

「はい。」

「ありがと。あと、それで最後。」

二人分の食器は、二人で片づければすぐだった。
俺が手を拭いている間に、凛は使った布巾を広げて干していた。

そういう何気ない動きを見るたびに、先日、自分が口にしたことを思い出した。

一緒に住まないか。

今すぐじゃなくていいから、考えてほしい。
そう伝えたのは俺だった。

だから、返事を急かすつもりはなかった。
ただ、凛がこの部屋にいる時間が増えるたびに、期待まで増えてしまうのは止められなかった。

ソファに戻って、二人で温かいお茶を飲んだ。
凛は両手でマグカップを包んだまま、しばらく湯気を見ていた。

「夏樹くん。」

「ん?」

「この前の、一緒に住む話なんだけど。」

背筋が、勝手に伸びた。

「うん。」

凛がこちらを向いた。
俺も持っていたカップをテーブルに置いた。

「私も、一緒に暮らしたいと思ってる。」

「……ほんと?」

「うん。」

口元が緩みかけたところで、凛が続けた。

「でも、その前に話しておきたいことがあるの。」

俺は姿勢を戻して、頷いた。

「聞く。」

凛は言葉を選ぶように、一度視線を落とした。

「一緒に暮らすことと、結婚することって、同じじゃないでしょ。」

「うん。」

「夏樹くんが、結婚をどう考えてるのかも知っておきたい。」

結婚。

その言葉を凛の口から聞いて、少しだけ息を止めた。
考えたことがなかったからじゃなかった。
俺も考えていたことを、凛が先に言葉にしたからだった。

「今すぐ決めてほしいって意味じゃないよ。」

凛は俺の顔を見て、そう付け足した。

「ただ、私は一緒に住んだら、その先のことも考えると思うから。そこが違ったままだと、あとで困る気がして。」

「……うん。」

「夏樹くん?」

「ごめん。今、ちゃんと言おうとしてる。」

凛はそれ以上言わず、待ってくれた。

思ったことをそのまま口にするのは、昔から得意だった。
それで何度も凛に怒られたくせに、肝心なところでは言葉がすぐに出てこなかった。

俺は膝の上で手を組んでから、凛を見た。

「俺も、凛との結婚は考えてる。」

凛の指が、カップの持ち手から少し離れた。

「一緒に住みたいって言う前から。」

「……そうだったの?」

「うん。でも、凛には言ってなかった。」

これから先のことを考えたとき、そこに凛がいた。
仕事から帰る場所も、休みの日に買い物へ行く相手も、何かあったときに最初に話したい人も。

それが自分にとってどういう意味なのかは、もうわかっていた。

「この先も一緒にいたいって思ってる。結婚も、そのつもりで考えてる。」

凛は黙って聞いていた。
俺は、そこで言葉を切らずに続けた。

「ただ、いつとか、どういう順番でとか、そこまでちゃんと考えられてなかった。一緒に住めたら嬉しいって、そっちが先に口から出た。」

「夏樹くんらしいね。」

「……はい。」



凛が少し笑った。
その顔を見て、ようやく肩の力が抜けた。

「でも、聞けてよかった。」

「不安にさせた?」

「不安というか……気になってた。私だけ先のことまで考えてたら、どうしようって。」

「俺も考えてた。そこは、一緒。」

そう言うと、凛は小さく頷いた。
それからカップをテーブルに置いて、空いた両手を膝に重ねた。

「私も、夏樹くんとの結婚を考えてるよ。」

今度こそ、口元が緩んだ。

「そっか。」

「うん。」

「……そっか。」

「二回言ってる。」

「嬉しくて、今それしか出てこない。」

凛は困ったように笑ってから、少し俯いた。
その耳が赤くなっているのに気づいたけれど、今日は指摘しなかった。

しばらくして、凛が顔を上げた。

「だから、一緒に暮らす話も、ちゃんと考えたい。」

「うん。」

「お互いの通勤とか、お金のこととか。家族にも話したいし。」

「俺、今の部屋に来てもらうことばっか考えてた。」

「ここだと、私の通勤は少し遠くなるね。」

「あ、そっか。」

一緒にいられる時間が増える。
俺が想像していたのは、そこまでだった。

でも凛は、ここから毎朝仕事へ行くことまで考えていた。
嬉しい場面だけじゃなくて、その続きも。

「場所も、二人で考えよう。凛だけ大変になるのは嫌だし。」

「夏樹くんもね。」

「俺も?」

「一緒に決めるんだから。」

その言い方が、妙に嬉しかった。
俺の部屋に凛を呼ぶ話が、少しずつ二人の暮らしの話になっていた。

「引っ越す時期は、まだ決めなくてもいい?」

凛が尋ねた。

「もちろん。今日決めなきゃいけないことじゃないし。」

「うん。少しずつ話したい。」

「じゃあ、気になることがあったら、その都度言って。」

「夏樹くんも、思いつきだけで進めないでね。」

「そこは信用ないんだ。」

「実績があるから。」

言い返せなかった。

俺が黙ると、凛は楽しそうに笑った。
こういうときの凛には、相変わらず勝てなかった。



帰る時間が近づいて、凛が鞄を持った。
俺も駅まで送るために、上着を羽織った。

玄関で靴を履きながら、凛がこちらを振り向いた。

「今日、話せてよかった。」

「俺も。切り出してくれてありがと。」

「ちょっと緊張した。」

「全然そう見えなかった。」

「夏樹くんがわかりやすすぎるんだよ。」

どうやら俺の緊張は、最初からばれていたらしかった。

ドアを開けると、冷たい空気が入ってきた。
凛がコートの前を合わせるのを待って、俺も外に出た。

引っ越す日は決まらなかった。
住む場所も、何も。

それでも、隣を歩く凛を見て、話す前よりずっと近いところに未来がある気がした。

結婚を考えている。
今日は、その気持ちを伝えた。

いつか、俺のほうからちゃんと尋ねたいことがあった。
そのときは凛が切り出してくれるのを待たずに、自分から言おうと思っていた。