ノンデリ男の敗北  ~モテる俺が法学部女子に告白したら「私は好きではありません」と普通に振られた~

土曜日の朝九時。
前に約束した時間に、凛と駅前で待ち合わせた。

今日は俺の家で、映画を見たり、一緒に昼飯を作ったりする予定だった。
まずはスーパーに寄って、必要なものを買うことにした。

「オムライスでいい?」

「うん。卵、家にある?」

「ある。たぶん二個。」

「たぶん?」

「最後に見たときは。」

「いつ?」

「……先週?」

凛は何も言わず、卵のパックをかごに入れた。

「信用ないな。」

「お昼ご飯を確実に食べたいだけ。」

その隣で、俺は二人分のプリンを選んだ。

◇

部屋に着いて買ったものを冷蔵庫へ入れると、卵は一個しか残っていなかった。

「買ってよかったね。」

「凛がいてよかった。」

「卵の数くらいは把握しておいて。」

ひとまずお茶を淹れて、ソファに並んだ。
何を見るか相談していたはずが、今週の仕事の話にそれて、気づけば昼が近づいていた。

凛が袖をまくって、キッチンに立った。
俺も手を洗って、その横に並んだ。

まな板を置く場所は一つしかなくて、凛が玉ねぎを切る間、俺は鶏肉のパックを持って待っていた。

「夏樹くん、お皿を出しておいて。」

「了解。」

皿を二枚出して、スプーンを並べた。
いつもならフライパンから直接食べる日もある、とは言わなかった。

玉ねぎを炒め始めると、部屋の中が一気に昼飯の匂いになった。

「もう、うまそう。」

「まだ玉ねぎだけだよ。」

「でも絶対うまいじゃん。」

「焦がさなければね。」

慌てて木べらを動かすと、隣で凛が笑った。

チキンライスを皿に盛って、最後に卵を焼いた。
俺の担当した一枚は、皿に移す途中で真ん中が破れた。

「あ。」

「ケチャップで隠せるよ。」

「じゃあ、こっち俺の。」

「どっちでもいいのに。」

凛はそう言いながら、破れたところにケチャップをかけた。
ごまかすつもりだったはずが、余計に目立っていた。

「……なんか、負傷してる。」

「夏樹くんが破いたんでしょう。」

向かい合って食べると、見た目のわりにちゃんとうまかった。

「また作ろうな。」

「次は卵、夏樹くんが二枚とも焼いてね。」

「練習させられるやつ?」

「上達できるよ。」

次もここで一緒に作る。
凛が当たり前みたいにその話をしたのが、嬉しかった。

◇

食器を洗ってから、ソファに並んで映画を見た。

以前から気になっていた作品だったのに、途中で凛が小さく笑うと、そっちが気になった。

「今のところ、面白かった?」

「うん。夏樹くん、見てなかったの?」

「見てた。」

「じゃあ、どうして聞くの。」

画面に向き直りながら、隣で同じ映画を見て笑っていることが、なんだか嬉しくなった。

エンドロールが流れ始める頃には、窓から入る日差しが傾いていた。

「面白かったね。」

「な。続きあるんだっけ?」

「あるみたい。」

「今度それ見ようぜ。」

凛が頷いて、テーブルのマグカップを手に取った。

俺は空になった自分のカップを見た。
そろそろお湯を沸かそうか。それともプリンを出そうか。

そんなことを考えてから、時計に目がいった。

まだ夕方だった。
それでも、このあとは晩飯をどうするか話して、帰る時間を気にして、駅まで送ることになる。

「……こういう休み、いいな。」

凛がこちらを向いた。

「出かけなくても?」

「うん。飯作って、映画見て。」

言いながら、さっきのキッチンを思い出した。
皿を出してと言われたことも、卵が破れたことも、たぶん一人ならすぐ忘れていた。

「一緒に住んだら、こういう日が増えるのかなって。」

凛の手が、カップを持ったまま止まった。

口にした途端、俺まで緊張した。
さりげなく言うつもりだったのに、その先の言葉を待つ凛を見たら、曖昧にはしたくなくなった。

「俺、凛と一緒に住みたい。」

凛はカップをテーブルに戻した。

「……同棲ってこと?」

「うん。」

膝の上で、自分の手を組み直した。

「今すぐじゃなくていい。仕事のこともあるし、住む場所とか、ちゃんと考えなきゃいけないのはわかってる。」

凛は黙って聞いていた。

「だから、今日返事してほしいわけじゃなくて。凛にも、考えてほしい。」

少しの間があった。
その数秒で余計なことまで言いそうになって、口を閉じた。

「……寂しいから?」

凛の声は静かだった。

「それもある。」

そこは、格好つけても仕方なかった。

「でも、今日みたいなのもいいなって思った。凛と何作るか決めたり、食べ終わって、次どうするって話したり。」

テーブルには、まだ二人分のカップがあった。

「仕事から帰ってきても、こうやって話せたら嬉しい。」

凛は視線を落として、少し考えていた。

「毎日、今日みたいにのんびりはできないと思うよ。」

「うん。」

「疲れてて、ご飯を作りたくない日もあるし。」

「買って帰ろ。」

「夏樹くんが洗濯物をためて、私が怒るかもしれない。」

「それは……気をつける。」

言い切れなかった俺を見て、凛が少し笑った。

「そこは絶対しないって言わないんだ。」

「一回もやらない自信はない。」

凛の笑顔につられて、俺も息をつけた。

「でも、凛に全部やってもらうつもりはないよ。」

凛がゆっくり頷いた。

「私も考えてみる。通勤のこととか、お父さんたちにどう話すかも含めて。」

「……うん。」

その返事だけで、顔が緩みそうになった。

「まだ、決めたわけじゃないからね。」

「わかってる。」

「本当に?」

「嬉しいのは許して。」

凛は困ったように笑って、空のカップを俺のほうへ寄せた。

「お茶、おかわりほしい。」

「はい。」

◇

お湯を沸かしていると、凛がスマホを見ていた。

「何時くらいに帰る?」

できるだけ普通に聞いた。
さっきの話をしたあとだから、引き止めているようには聞こえてほしくなかった。

凛は少し迷ってから、顔を上げた。

「……今日は泊まっていこうかな。」

俺は持っていたティーバッグを落としかけた。

「え。」

「明日も休みだし。映画の続きも見たいから。」



凛はそう言って、スマホに視線を戻した。
耳が少し赤かった。

「……またそうやって。」

「何?」

「俺ばっか喜ばせる。」

凛の指が止まった。

「私も、まだ帰りたくないから言ってるんだけど。」

今度こそ、何も返せなかった。

凛は家に連絡すると言って、スマホを操作し始めた。
俺はお茶を二つ淹れて、冷蔵庫からプリンを出した。

明日の朝、何を食べよう。
卵はまだあった。食パンも、たぶん。

「凛。」

「うん?」

「明日の朝飯、オムレツでもいい?」

「卵の練習?」

「そう。二人分。」

凛はプリンを受け取りながら、笑った。

「じゃあ、期待してる。」

一緒に暮らす返事は、まだ先だった。

それでもその日は、帰りの電車を調べる代わりに、二人で次の映画を選んだ。