ノンデリ男の敗北  ~モテる俺が法学部女子に告白したら「私は好きではありません」と普通に振られた~

入社してしばらく経った頃、神崎さんの外回りに同行することになった。

前日に渡された資料には、訪問先の基本情報だけでなく、取引の経緯や前回の打ち合わせ内容までまとめられていた。

「目を通しておいてください。分からないところは、出発前に確認しましょう。」

「はい。」

知らない言葉を調べ、分からなかった箇所に付箋を貼った。
翌朝、質問をすると、神崎さんは自分の資料を開いた。

その余白には、俺のものよりはるかに多くの書き込みがあった。
確認すること、数字の根拠、別の方法を選んだ場合の条件。
付箋のついた資料も、ほかに何枚か用意されていた。

これだけできる人でも、こんなに準備するのか。
そう思った。

訪問先では、さらに驚いた。

営業トップなら、次々と話して相手を納得させるのだと思っていた。
けれど神崎さんは、相手が言葉を探している間、静かに待っていた。

「導入自体は、進めたいんですが……。」

担当者が資料に目を落とした。
神崎さんは頷き、続きを待った。

「現場から、切り替えの負担が大きいんじゃないかと。」

「特に、どの作業を心配されていますか。」

質問を重ねるうちに、担当者の話が具体的になっていった。
神崎さんは聞き終えてから、用意していた資料を一枚取り出した。

「それでしたら、一度に切り替えず、こちらから始める方法があります。」

担当者が顔を上げ、資料を引き寄せた。

帰り道、俺は我慢できずに口を開いた。

「神崎さん。あの話が出るって、分かってたんですか。」

「可能性は考えていました。ただ、聞くまでは分かりません。」

「だから、何パターンも準備してたんですね。」

「こちらの想定どおりに進むとは限りませんから。」

神崎さんはそう答え、俺を見た。

「佐藤さんは、今日の話を聞いてどう思いましたか。」

すごかった、だけでは終わらせたくなかった。
俺は少し考えた。

「俺だったら、導入したいって聞いたところで、すぐ説明を始めてたと思います。」

相手がまだ迷っていることにも、気づかずに。

「今日、気づけたなら、次に生かせます。」

会社に戻ってから、俺はノートを開いた。

『相手が話し終わる前に、答えを決めない。』

書いてみると、仕事以外でも覚えがあった。
思ったことをすぐ口にして、凛に何度も言い返されてきた。

次に話を聞くときは、ちゃんと思い出そう。
そう思って、その一行に線を引いた。

少し離れた席で、神崎さんはもう打ち合わせ内容をまとめていた。

俺も、あんなふうに仕事ができるようになりたかった。

ノートの次の行に、先方が困っていたことを書いた。
今度は自分の言葉で説明できるよう、一つずつ整理していった。