ノンデリ男の敗北  ~モテる俺が法学部女子に告白したら「私は好きではありません」と普通に振られた~


四月一日。
俺は、社会人になった。

入社式を終え、配属先の営業部で挨拶をしたときは、大学の卒業式より緊張した。

「本日入社しました、佐藤夏樹です。一日も早く仕事を覚えられるよう頑張ります。よろしくお願いします。」

頭を下げて顔を上げると、見覚えのある人がいた。
赤茶色の髪に、隙のないスーツ姿。
面接で俺の話を聞いてくれた、神崎さんだった。

「佐藤さん。これからよろしくお願いします。」

「はい! 面接のときは、ありがとうございました。」

少し声が大きくなった。
神崎さんは軽く頷くと、手元の資料へ視線を戻した。

案内してくれていた先輩が、俺の視線に気づいて笑った。

「神崎と面接で会ったんだ?」

「はい。」

「うちの営業トップだよ。」

示された成績表の一番上に、神崎紅夜という名前があった。
数字を目で追い、思わず神崎さんを見直した。

俺がどんな営業になりたいのか、最後まで聞いてくれた人。
その人が、この部署で一番の成績を上げていた。

同じ部署で働けることが、急に楽しみになった。



会社を出ると、凛から連絡が来ていた。

『終わったよ。予定どおりの時間に着けそう。』

凛も、その日から別の会社の新入社員だった。
入社式のあと、駅で会う約束をしていた。

俺は待ち合わせの前に、いつもの花屋へ寄った。
白い壁と、深い緑色の屋根。
入口の横には、春の花が並んでいた。

店員さんに相談して選んだのは、赤いスイートピーだった。
一本だけ、薄い紙で包んでもらった。

駅に着くと、凛は改札の近くに立っていた。
黒いスーツに、仕事用の鞄。
まだ少し堅いその姿に、俺たちはもう学生じゃないのだと実感した。

「お疲れ、凛。」

「夏樹くんも、お疲れさま。」

凛の前で足を止めると、俺の鞄につけた犬のキーホルダーが揺れた。
凛が一瞬そこへ目を向け、口元を緩めた。

「なんか、社会人って感じ。」

「今日から社会人だからね。」

「そうなんだけど。凛が会社で働くの、まだ想像つかなくて。」

「私も、まだ実感ない。」

凛はそう言って、俺のネクタイへ目を向けた。

「でも、似合ってる。」

その一言で、朝から肩に入っていた力が抜けた。

「……明日も頑張れるわ、俺。」

「まだ一日目だよ。」

いつもの調子に笑いながら、持っていた花を差し出した。

「はい。入社おめでとう。」

凛の視線が、赤い花の上で止まった。

「……私に?」

「うん。いつもの花屋、寄ってきた。」

凛は両手で受け取り、ひらひらした花びらを覗き込んだ。

「スイートピー?」

「そう。花言葉に『門出』ってあるんだって。入社祝いに渡したいって相談したら、お花屋さんが教えてくれた。」

「それで、選んでくれたの?」

「うん。今の凛にぴったりだなと思って。赤いの、きれいだったし。」

花を見つめていた凛が、ゆっくり顔を上げた。

「ありがとう。すごく嬉しい。」



その笑顔を見て、寄ってよかったと思った。

「でも、私、何も用意してない。」

「いいの。俺があげたかっただけだから。」

凛は少し考えてから、俺を見上げた。

「じゃあ、今日のお茶は私にごちそうさせて。」

「え、いいの?」

「うん。夏樹くんも、入社おめでとう。」

改めて言われると、少しくすぐったかった。
俺たちは駅の近くのカフェへ向かった。

隣を歩く凛は、花が人にぶつからないよう、胸元で大事そうに持っていた。

「会社、どうだった?」

「説明を聞いてたら、一日が終わっちゃった。覚えること、たくさんありそう。」

「俺も。あとさ、面接にいた神崎さん、営業で一番の人だった。」

凛がこちらを向いた。

「夏樹くんの話、ちゃんと聞いてくれた人だよね。」

「そう。その人と同じ部署。」

話しながら、面接で伝えたことを思い出した。
相手が何に困っているのかを知って、役に立てる営業になりたい。

これからは、それを仕事にしていくのだ。

「早く、ちゃんとできるようになりたいな。」

「私も。」

凛は頷き、手元の花へ目を落とした。

「お互い、頑張ろうね。」

「うん。そんで、またこうやって話そう。」

違う会社へ通っても、一日の終わりに話せることはある。
明日も凛に聞いてほしいことができそうだった。