ノンデリ男の敗北  ~モテる俺が法学部女子に告白したら「私は好きではありません」と普通に振られた~

冬が過ぎ、三月になった。

卒業式の日。
校門の前で袖口を直すと、凛にもらった腕時計が見えた。

待ち合わせまでは、あと五分。
顔を上げると、人混みの向こうから凛が歩いてきた。

控えめな花柄の着物に、濃い色の袴。
まとめた髪の横で、小さな髪飾りが揺れていた。

「おはよう、夏樹くん。」

「おはよ。……すげえ似合ってる。」

「ありがとう。」

「写真撮っていい?」

「みんなが来てからじゃなくて?」

「今、凛だけのも撮りたい。」

凛が少し照れながら頷いたところで、後ろから肩を叩かれた。

「朝から忙しそうだな。」

田中と、その隣に小川がいた。

「まだ一枚も撮ってねえよ。」

「じゃあ撮れよ。邪魔しないから。」

そう言いながら、田中はしっかり横で見ていた。

ほどなくして美奈と詩織も到着し、結局、式が始まる前から何枚も写真を撮った。



式を終えたあと、六人で中庭へ向かった。

何度も昼飯を食べたベンチ。
凛と付き合ったことを、みんなに話した場所。

「ここで集まるのも、今日が最後かな。」

詩織が校舎を見上げた。

「また来ればよくない?」

美奈が言うと、詩織は笑った。

「うん。でも、授業のついでには会えなくなるね。」

四月からは、六人とも別々の場所で働く。
暇な時間を聞くだけで集まれた毎日は、今日で終わりだった。

「詩織、二十九日は午後でよかった?」

小川の声に、詩織が顔を向けた。

「うん。一時くらい?」

「じゃあ、駅で。前に話してた店、行こう。」

「予約しておくね。」

二人がそれぞれスマホを開いた。

「四月のことは、働き始めてから決めよ。」

「そうだね。予定が分かったら教える。」

いつもの調子だった。
少し寂しくなっていた俺まで、その会話を聞いてほっとした。

「ねえ、田中。一緒に撮ろ。」

美奈がスマホを差し出した。
田中は、ごく自然に受け取ろうとした。

「誰撮るの?」

「私と田中。」

伸ばした手が止まった。

「……二人で?」

「うん。夏樹、お願い。」

スマホが俺に渡った。
美奈に袖を引かれて花壇の前に立つ田中は、さっきまでより明らかに姿勢がよかった。

「田中、固すぎ。」

「早く撮れ。」

「緊張してる?」

美奈が顔を覗き込むと、田中が少し身を引いた。

「してねえって。」

赤くなった耳までは隠せていなかった。
その顔を見て美奈が笑い、俺はシャッターを押した。

確認した美奈は、画面を見て頷いた。

「これ、いいね。あとで送る。」

「……おう。」

田中が口元を緩めたのを、俺は見なかったことにした。



六人の写真は、近くにいた学生に頼んだ。
卒業証書を持って並び、目を閉じた誰かのせいで撮り直し、気づけば似たような写真が何枚も増えていた。

撮影が終わり、ベンチから鞄を持ち上げる。
つけていた犬のキーホルダーが揺れた。

凛がそれに目を留めた。

「その子も、一緒に卒業だね。」

「こいつ、結構大学来てるからな。」

小さな犬を指先でつまむと、凛が笑った。

「夏樹くんと一緒に?」

「そう。俺より真面目に講義聞いてたかも。」

「じゃあ、卒業証書がないとかわいそう。」

「俺の見せとく。」

差し出した証書の前で犬を揺らすと、凛が声を立てて笑った。

その手に、ペアリングが光っていた。
俺が贈りたくて、一緒に買いに行った指輪。
自分の手にも、同じものがあった。

犬のキーホルダーも、指輪も、腕時計も。
気づけばどれも、出かけるときにそばにあるものになっていた。

「時計、今日もつけてくれたんだね。」

「入社式もこれで行く。」

手首を上げて見せると、凛が嬉しそうに目を細めた。



「最初の給料出たら、飯行こうな。」

「うん。私も出すよ。」

「じゃあ、ちょっといい店。」

「夏樹くん、今から高いお肉のお店、考えてるでしょ。」

「なんで分かった?」

「顔。」

そんなに分かりやすかったらしい。

「二人とも、行くよー!」

校門のほうで、美奈が手を振っていた。
隣には田中。小川と詩織は、スマホの地図を見ていた。

歩き出す前に、一度だけ校舎を振り返った。
次に来るときは、もう学生じゃない。

少し寂しかった。

「夏樹くん?」

見上げてきた凛に、笑い返した。

「行こ。」

四人に追いつくと、田中が振り向いた。

「昼、何食いたい?」

「肉。」

「お前、即答だな。」

隣で凛が笑いをこらえていた。

「凛は?」

「私も、それで。」

「じゃ、決まり!」

美奈が言って、小川が店を調べ直した。

卒業して最初に決まったのは、六人で食べる昼飯だった。
そのあとは、写真を送り合って、また次に集まる日を決めればいい。

俺は鞄を持ち直して、みんなと駅へ向かった。