ノンデリ男の敗北  ~モテる俺が法学部女子に告白したら「私は好きではありません」と普通に振られた~

凛と合流して、大学の中庭へ向かった。
ベンチに座ってから、持っていた紙袋を差し出した。

「これ。一年ありがと。」

凛は中をのぞいて、目を丸くした。

「……お花?」

「うん。」

白い花を中心に、淡い色の花と緑を添えた小さな花束。
凛は両手でそっと取り出した。

「きれい。」

その声を聞いて、花屋まで戻ってよかったと思った。

「前にスズラン買った店で、作ってもらった。」

凛が花束から顔を上げた。

「あのお店なんだ。」

「覚えてた?」

「覚えてるよ。もらった時のことも。」

凛はもう一度、花へ目を落とした。
包み紙の端を整える指が、妙に丁寧だった。

「ありがとう、夏樹くん。嬉しい。」

「……よかった。」

もっと何か言うつもりだったのに、それしか出てこなかった。

凛は花束を膝に置いた。
その隣に座り直すと、風で葉っぱが擦れる音がした。

「懐かしいな、ここ。」

「普段も通ってるけどね。」

「そうだけど。今日は特別じゃん。」

凛が中庭を見渡して、小さくうなずいた。

「……そうだね。」

一年前、ここで凛が好きだと言ってくれた。

あの日の言葉は、今でもちゃんと覚えていた。

「俺さ、あの時、しばらく信じらんなかった。」

「何度も聞き返してたもんね。」

「だって、一回振られてるし。」

凛が少し笑った。

一年経って、こういう顔を見る機会が増えた。
でも、慣れたかと言われたら、全然だった。

「付き合ってみて、思ってたのと違ったことある?」

「……夏樹くん、意外と心配性だった。」

「俺が?」

「私が少し黙ってると、何かあったのか聞くでしょ。」

「ああ……嫌なこと言ったかなって。」

「何もない時もあるよ。」

「最近は、ちょっと分かるようになった。」

「うん。」

凛は膝の上で指を重ねた。

「何も話さなくても、一緒にいられるようになったね。」

前は沈黙があると、何か話そうとしていた。
楽しませなきゃとか、つまんないと思われたくないとか。

今は、隣で凛が本を読んでいるだけでもよかった。

「俺は、凛ちゃんが結構冗談言うって知った。」

「夏樹くんが真に受けすぎるんだよ。」

「好きな子の言うことは真剣に聞くだろ。」

凛が少し視線を落とした。

その横顔を見ながら、前から言おうと思っていたことを口にした。

「……凛って、呼んでもいい?」

凛が顔を上げた。

「呼び方?」

「うん。ずっと凛ちゃんだったけど。」

急に変えたら驚かれる気がして、結局、今日まで聞けなかった。

「嫌だったら、今までのままでいいんだけど。」

「嫌じゃないよ。」

少し間を置いて、凛が続けた。

「……呼んでみて。」

それ、急に緊張するんだけど。

「凛。」

「うん。」

返事をされただけだった。
それだけなのに、俺は口元を手で覆った。



「……やば。思ったより照れる。」

「自分で言ったのに。」

そう言った凛の耳も、少し赤くなっていた。

俺は一度息をついてから、もう一つの話を切り出した。

「じゃあさ。正式に内定もらったら、お祝いに凛の家に招待してよ。」

「うち?」

「ご両親への挨拶付きで。」

わざと軽く言って、笑った。

凛は笑わなかった。
目を丸くしたまま、俺を見ていた。

「……それ、冗談?」

「言い方はふざけたけど、本気。」

俺も笑うのをやめた。

「ちゃんと付き合ってますって、自分の口で話したい。」

凛の指が、膝の上で動いた。

「急に、どうしたの?」

「前から考えてた。でも、就職先が決まってからのほうがいいかなって。」

言葉にすると、さっきまで隠していた緊張が戻ってきた。

「これからも一緒にいたいし。凛の親にも、ちゃんと会いたい。」

凛は黙って俺を見ていた。

冗談っぽく言えば、もう少し格好よく話せると思っていた。
全然そんなことはなかった。

「……まだ早い?」

「ううん。びっくりしただけ。」

凛がゆっくり首を振った。

「そんなことまで考えてたんだ、って。」

「俺だって考えるよ。」

「うん。」

凛は少し笑ってから、うなずいた。

「両親に話しておくね。」

「いいの?」

「私も、会ってほしいから。」

……それは、ずるいだろ。

ほっとしたのと嬉しいのとで、しばらく返事ができなかった。

「ただ、夏樹くんが一番緊張しそう。」

「もうしてる。凛のどこが好きかとか聞かれるかな。」

「面接じゃないよ。」

「それなら、めっちゃ答えられるんだけど。」

「……長くなりそうだから、ほどほどにして。」

俺は笑った。
凛も、困ったように笑っていた。

一年前は、付き合えるなんて思っていなかった。

今は、その先の話をしていた。

「凛。」

今度は、さっきより自然に呼べた。

「来年も、一緒にお祝いしような。」

「その頃は、もう社会人だね。」

「俺、何着てくかで悩まなくなってるかな。」

「そこは今も悩んでないでしょ。」

「じゃあ、凛の親に会う時だけだ。」

凛が小さく笑った。

「来年は、その話も思い出になってるね。」

「俺が緊張して変なこと言った話とか?」

「まだ何も言ってないのに。」

俺も笑った。

来年、どんな毎日を送っているのかは、まだ分からなかった。

でも、その時も隣に凛がいて、今日のことを笑って話せたらいいと思った。