ノンデリ男の敗北  ~モテる俺が法学部女子に告白したら「私は好きではありません」と普通に振られた~

翌日、受付を済ませた俺は、案内された椅子に座った。

空調は利いていたのに、手のひらには汗をかいていた。
用意した答えを頭の中で繰り返しかけて、左手首に目が留まった。

凛にもらった腕時計だった。

俺のために選んでくれた時計が、スーツの袖口からのぞいていた。
少し袖を上げて、文字盤を見た。

昨日の凛の声を思い出した。

『焦らないで。夏樹くんが好きなところにすればいいんだよ。』

早く、決まったと報告したかった。
でも、それだけでこの会社を選んだわけじゃなかった。

ここで、やってみたい仕事があった。
今日は、それをちゃんと伝えたかった。

時計の位置をそっと直して、息を吐いた。
凛ちゃん、行ってくる。

「佐藤夏樹さん。」

呼ばれて、俺は顔を上げた。

「はい。」

案内された部屋に入り、一礼した。

人事の担当者の隣に、黒いスリーピーススーツの男性が座っていた。
赤茶色の髪に、整った顔。
こちらを見る目は落ち着いていて、俺が椅子の前に立つまで、静かに待っていた。

「佐藤夏樹です。本日はよろしくお願いいたします。」

「人事の高橋です。本日は営業部の神崎も同席します。」

「神崎です。よろしくお願いします。」

低く、はっきりした声だった。
表情はほとんど変わらなかった。

……この人、めっちゃ仕事できそう。
あと、適当なこと言ったら一発でばれそう。

勧められて椅子に座ると、膝の上で指先が重なった。
袖口に時計の感触があって、少しだけ力を抜いた。

面接は、高橋さんの質問で進んだ。
大学で学んでいることや、アルバイトでの経験。
神崎さんはときどき書類に目を落としながら、静かに聞いていた。

「接客のアルバイトで、お客様に提案する機会があったとありますね。」

高橋さんに聞かれて、俺は頷いた。

「はい。」

「その際、相手の希望をどう確かめていましたか。」

おすすめを喜んでもらった話が、すぐに浮かんだ。

でも、口を開く前に、一度考えた。

聞かれたのは、どう喜ばせたかじゃない。
どう確かめたかだ。

「以前は、自分がおいしいと思うものを、そのまま勧めていました。」

高橋さんは、俺の言葉を待っていた。

「でも、お客様から、二人では食べきれないと言われたことがあって。それからは、人数や、どれくらい召し上がりたいか、苦手なものはないかを先に聞くようにしました。」

「相手に合わせて、聞く内容も考えるようになったんですね。」

「はい。」

高橋さんがメモを取ると、隣の神崎さんが顔を上げた。

「その点について、一つ伺ってもいいですか。」

「はい。」

思わず、背筋が伸びた。

「希望を聞いた結果、最初に勧めようと思っていたものを変えたことはありますか。」

「あります。人気の大皿料理をご案内しようとしたんですが、軽くつまみたいと伺ったので、少量で何品か選べるものをお勧めしました。」

「なるほど。ありがとうございます。」

神崎さんは短く頷き、手元に何かを書き込んだ。

何を書いたのかは、分からなかった。
手応えがある、と言い切れるほどの余裕もなかった。

それでも、聞かれたことには答えられた気がした。

「では、当社を志望した理由を教えてください。」

高橋さんの声に、俺は視線を戻した。



「説明会で、提案したあとも、お客様が実際に使ってどうだったかを大切にしていると伺いました。」

二人がこちらを見ていた。
俺は、そのまま続けた。

「自分が勧めたものを喜んでもらえると、嬉しいです。だから、使ってみて困ったことがあれば、そこまで聞いて、次の提案ができる営業になりたいと思っています。」

言い終えて、膝の上の手を少し開いた。

早く内々定が欲しい。
その気持ちは、まだあった。

でも今は、それよりも、この会社で働きたい理由を聞いてほしかった。