ノンデリ男の敗北  ~モテる俺が法学部女子に告白したら「私は好きではありません」と普通に振られた~

四月下旬。
ゴールデンウィークを目前にした金曜日、サークルの飲み会があった。
大学近くの居酒屋には三十人近く集まっていた。

「夏樹、こっち。」

田中に呼ばれ、奥のテーブルへ向かう途中。

「あ。」

店の反対側に、見覚えのある黒髪が見えた。
女子ばかりのテーブルに凛が座っていた。
隣には美奈。その向かいには水野詩織。
凛とよく一緒にいたから、何度か喋ったことがあった。
美奈と違って、結構おとなしかった。

「何見てんの?」

田中が聞いてきた。

「あそこ。凛ちゃんいる。」

「ああ、冬城さん。」

「……お前、本当に最近冬城さんばっか見てんな。」

小川がぼそっと言った。

「そう?」

「そう。」

小川はそれだけ言って、枝豆を口に放り込んだ。
俺は凛のほうを見た。
この前より飲んでいるらしく、凛の前には空いたグラスが二つ置いてあった。

しばらくすると、美奈の大きな笑い声が聞こえた。
つられてそっちを見た。
美奈が何かを話していて、詩織も笑っていた。

そして、その隣。

「……あ。」

凛も笑っていた。

いつもの無表情じゃない。
目を細めて、楽しそうに笑っている。

「ふーん。」

「何?」

「凛ちゃんって笑えるんだな。」

田中が呆れた顔をした。

「人間なんだから笑うだろ。」

「俺といるとき全然笑わない。」

「原因、お前じゃない?」

「え?」

なんだよ。

もう一度見ると、凛はまた詩織と笑っていた。

俺と喋ってるときは、嫌そうな顔するか、呆れるか、真顔で言い返してくるか。

あんな顔もするんだ。

「夏樹。」

小川に呼ばれた。

「お前、冬城さんのこと気になってんの?」

「は?なんで?」

「ずっと見てるから。」

「見える位置にいるだけだって。」

「ふーん。」

意味ありげな返事をして、小川はまた枝豆を食べ始めた。

それから一時間ほど経ったころ。

トイレへ行こうと席を立つと、凛たちのテーブルが目に入った。

さっきまでいた女子たちはいなくなり、残っていたのは凛と詩織だけだった。

その前に、知らない男が二人立っていた。

うちのサークルじゃない。
かなり酔っているらしかった。

「ねえねえ、二人だけ?」

男の一人がテーブルに手をついた。

「友人を待っていますので。」

凛が答えた。

「いいじゃん。一緒に飲もうよ。」

「結構です。」

「そんな固いこと言わないでさ。」

「嫌です。」

凛はいつも通り真顔だった。
ただ、頬は少し赤かった。
男は笑いながら凛の隣に回り込んだ。

「ちょっとくらい付き合ってよ。」

そのまま、凛の肩に腕を回した。

「――触らないでください。」

その瞬間。
俺はもう、そっちへ歩き出していた。

「お兄さん。」

男の腕を掴み、凛の肩から外した。

「嫌がってんじゃん。」

「……何、お前。彼氏?」

「違います。」

凛が即答した。

「そこ今どうでもよくない?」

「事実なので。」

こんなときまで訂正すんのかよ。

俺は男を見た。

「嫌がってるの分かんない?」

「別に嫌がってなくね?」

「嫌がっています。」

「ほら。」

「ちょっと肩組んだだけだろ。」

「その肩の持ち主が嫌だって言ってるけど。」

男が俺を睨んだ。

そのとき。

「三回目です。」

凛がスマホを手にした。

「先ほどから三回、断っています。」

「だから何?」

「それでも離れていただけないので、警察に連絡します。」

凛が画面を操作した。
110。

「ちょ、警察は大げさだろ。」

「そうでしょうか。」

凛が男を見た。

「嫌だと伝えた相手に何度も声をかけ、身体にも触れています。」

「付きまとってねえし。」

「では、なぜ三回断った相手の前にまだいるんですか?」

「…………。」

「根拠を説明してください。」

いつもの凛より、なんか圧が強い。

「いや、だから……。」

「その程度の理屈で反論するつもりですか?」

「凛。」

詩織が小声で名前を呼んだ。

「何?」

「ちょっと飲みすぎじゃない?」

「飲みすぎてない。」

即答した。

……いや、結構飲んでたよな。

「もういいって。行こうぜ。」

男二人は慌ててその場から離れていった。
凛がスマホを見た。

そして。

「……あ。」

「何?」

「まだ発信していませんでした。」

「え?」

詩織が凛のスマホを覗き込んだ。

「押す前だったんだ。」

「帰らなければ押してた。」

「だよね。」

「マジかよ。」

俺が笑うと、凛がこっちを見た。

「何がおもしろいんですか。」

「普通さ、俺が来たら『助かった。』ってなるじゃん。」

「なりません。」

「なんでだよ。」

「自分で対処しましたので。」

「でも俺、肩の腕外したじゃん。」

「それは外してもらいました。」

「じゃあ助けたじゃん。」

「一部だけです。」

「細かっ。」

俺は詩織を見た。

「詩織ちゃんは?俺、助けたよね?」

詩織は少し考えた。

「佐藤さんが来てくださって、私は安心しました。」

詩織はそう言って、少し笑った。

「ほら!」

「ですが、対処したのは凛ですね。」

「詩織ちゃんまで!」

凛の口元が、ほんの少し緩んだ。



「あ。」

「なんですか。」

「今笑った。」

凛はすぐ真顔に戻った。

「笑っていません。」

「いや、笑ったって。」

「酔っているんじゃないですか?」

「凛ちゃんのほうが飲んでるだろ。」

「私は酔っていません。」

テーブルには空になったグラスが三つあった。

俺はそれを見た。

「……何ですか。」

「いや。」

俺は笑った。

さっき美奈や詩織といるときに見せていたのとは違う。
ほんの少しだけだったけど。

俺と喋ってるときにも、こいつ笑うんだな。

なんとなく。
それがちょっと嬉しかった。