「今は、佐藤くんが好きです。」
凛がそう言った。
「…………。」
何も言えなかった。
たぶん、人生で初めてだった。
思ったことはすぐ口に出る。
言わなくていいことまで口に出る。
そのせいで田中には何度も怒られたし、凛にも何度も呆れられた。
なのに。
「……佐藤くん?」
凛が俺を見上げた。
「……今、好きって言った?」
「はい。」
「俺を?」
「他に誰がいるんですか。」
「…………。」
また黙った。
なんか、この会話。
前にもした気がする。
あのときは俺が好きだと言って、凛に振られた。
『今、振った?』
『はい。』
『俺を?』
『他に誰がいるんですか。』
ほぼ同じ会話なのに、結果が真逆だった。
「佐藤くん?」
「待って。」
「はい。」
「今、めっちゃ頑張ってる。」
「何をですか。」
「喋るのを。」
凛が目を瞬いた。
「佐藤くんが?」
「俺が。」
自分でも信じられなかった。
女の子に好きだと言われるのは初めてじゃない。
告白されたことだって何度もあった。
どう返せばいいのか、考えなくても言葉が出てきた。
でも凛には、いつもそういうのが通用しなかった。
初めて会ったときも。
告白したときも。
連絡先を交換したときも。
俺の予想なんて、簡単に外れてきた。
そして今も。
「……じゃあさ。」
やっと声が出た。
「はい。」
「俺と付き合ってくれる?」
「そのつもりで言いました。」
「…………。」
「また黙るんですか。」
「いや、だって。」
思わず顔を手で覆った。
やばい。
めちゃくちゃ嬉しい。
「俺、今たぶん人生で一番嬉しい。」
「大げさですね。」
「大げさじゃないって。俺、凛ちゃんに一回振られてんだよ?」
「知っています。振ったのは私なので。」
「そうだけど。」
なんだか笑えてきた。
ずっと俺が追いかけていた。
好きだと言ったのも俺。
振られても諦めなかったのも俺。
それが今、凛から好きだと言われている。
「凛ちゃん。」
「はい。」
「好き。めちゃくちゃ好き。」
「知っています。」
凛の目元が少しだけやわらかくなった。
それだけで、また嬉しくなる。
「じゃあ、今日から彼女ってことだよな。」
「そうですね。」
「やば。めっちゃ嬉しい。」
「さっきも聞きました。」
「何回でも言うよ。俺、凛ちゃんのこと――」
言いかけたときだった。
凛が一歩、俺に近づいた。
「ん?」
俺が少しかがむと、凛は何か言いたそうに口を開いて、また閉じた。
それから少し迷ったあと。
俺の頬に、ほんの一瞬だけキスをした。

「…………。」
凛はすぐに離れた。
顔が赤かった。
たぶん、俺も同じくらい赤かったと思う。
「……佐藤くん?」
「…………。」
「佐藤くん。」
「……今、何した?」
「聞かないでください。」
「いや、待って。無理。ちょっと待って。」
「何が無理なんですか。」
「いろいろ。」
告白されて、何も言えなくなった。
やっと喋れるようになったと思ったら、今度はこれだった。
この子にはいつもそうだ。
俺の予想できないことをしてくる。
「……俺、ずっと負けっぱなしだわ。」
「何の話ですか。」
「凛ちゃんに会ってからの話。」
「私と何か勝負していましたか?」
「してないけど。」
「では、負けていないのでは?」
「いや。負けてんの。」
「よく分かりません。」
「俺は今、めちゃくちゃ分かった。」
俺は笑った。
「俺、こんなに誰かに調子狂わされたことない。」
「私、佐藤くんを振り回した覚えはありませんが。」
「そういうとこ。」
「どういうところですか。」
やっぱり凛は分かっていなかった。
モテるとか。
恋愛経験が多いとか。
女の子の扱いに慣れているとか。
そんなの、凛の前では何の役にも立たなかった。
好きになったのは俺が先。
振られたのも俺。
追いかけたのも俺。
嫉妬したのも俺。
それで最後には、たった一言で何も言えなくされて。
やっと立ち直ったと思ったら、今度はたった一回のキスで、また何も言えなくされた。
思ったことを何でも口にしてきた俺が。
凛の前でだけ、何度も言葉をなくした。
……ああ。
俺、完全に負け続けてんだ。
たぶんこれからも、凛には勝てない。
そのときの俺は、そんなことを考えていた。
まあ――。
付き合ってからのほうが、もっと負けることになるんだけど。



