ノンデリ男の敗北  ~モテる俺が法学部女子に告白したら「私は好きではありません」と普通に振られた~

六月上旬。

昼休み。
俺は田中、小川と三人で学食にいた。

「そういえばさ。」

唐揚げを口に放り込みながら、ふと思い出した。

「俺、凛ちゃんと連絡先交換してねえわ。」

田中が箸を止めた。

「……今さら?」

「今さらって何だよ。」

「お前、あれだけ冬城さんに話しかけてるのに。」

「大学で会えるし。」

「わざわざ探しに行ってるだろ。」

「まあ。」

図書館まで探しに行ったこともあった。
美奈に居場所を聞いたこともあった。
なのに、連絡先は知らなかった。

「次に会ったら聞こ。」

そう言って飯を食べようとすると、田中が俺を見た。

「ていうか、お前、最近冬城さんの話ばっかりだな。」

「そう?」

「そう。」

今度は小川が答えた。

「この前のバーベキューの帰りも、ずっと冬城さんのこと気にしてたし。」

「寝てたからだろ。」

「肩で。」

「そう。」

「嬉しそうだった。」

「そう?」

「そう。」

小川が淡々と答えた。
田中が俺をじっと見た。

「……お前、冬城さんのこと好きなんじゃねえの?」

「え?」

思わず箸が止まった。

好き。
凛ちゃんを?

田中がすぐに笑った。

「いや、ないか。夏樹が女の子を自分から好きになるわけないもんな。」

「なんだよ、それ。」

「今までそうだっただろ。告白されて付き合うとか、かわいいから付き合ってみるとか。」

「まあ。」

確かに、それまで彼女は何人かいた。
でも、付き合う前から一人の女の子のことを、こんなに考えたことはなかった。

大学で凛を見かければ、話しかけた。
いなければ、探した。
笑っていれば気になった。
知らない顔を見つけると、もっと見たくなった。
花を見ただけで、凛を思い出した。

「…………。」

頭の中に、凛の顔が浮かんだ。

無表情で俺を見る顔。
呆れた顔。
クレープを食べていた顔。
友達と笑っていた顔。
俺の肩で眠っていた顔。
すずらんを持って、少しだけ柔らかく笑った顔。

「あ。」

「何?」

田中が聞いた。
俺は箸を置いた。

「……好きかも。」

「は?」

田中が固まった。
小川は驚きもせず、水を飲んでいた。

「やっぱり。」

「やっぱりって何だよ。」

「前からそうだと思ってた。」

「マジ?」

「お前、冬城さんの話ばっかしてる。」

田中が俺と小川を交互に見た。

「ちょっと待て。マジで?」

「うん。」

口に出すと、急にしっくりきた。

俺。
凛ちゃんのこと好きなんだ。

「俺、言わなきゃ。」

「何を?」

「凛ちゃんに好きって言わなきゃ。」

「は?」

田中がさらに大きな声を出した。

「おい、早まるな!」

「なんで?」

「今、気づいたんだろ!?」

「うん。」

「せめて一日くらい考えろよ!」

「好きなら言ったほうがよくね?」

「そういう問題じゃ――。」

俺は立ち上がった。

「じゃ、探してくる。」

「おい、夏樹!」

田中の声を背中で聞きながら、学食を出た。

まず、法学部棟。
いなかった。

中庭。
いなかった。

図書館。
いなかった。

「……どこだよ。」

スマホを取り出した。

凛ちゃんに連絡――。

「連絡先知らねえじゃん。」

さっき自分で言ったばかりだった。

なんで交換してなかったんだよ。

何度も喋った。
二人でクレープも食べた。
バーベキューの帰りには、肩で眠られた。
花まで渡した。

なのに、連絡先すら知らなかった。

美奈とのトーク画面を開いた。

『凛ちゃんどこ?』

送った。
けれど、既読はつかなかった。

「美奈までつかまんねえ。」

俺はスマホをポケットに突っ込み、また歩き出した。

それまで女の子の連絡先なんて、向こうから聞かれることのほうが多かった。

自分から連絡したい。
会いたい。
話したい。

そんなふうに思ったことも、たぶんなかった。

「……マジで好きじゃん。」

自分で言って、少し笑った。

それからしばらく、大学中を歩き回った。

そして。

「あ。」

校舎の向こうに、見慣れた黒髪が見えた。
小さな後ろ姿だった。

「凛ちゃん!」

凛が振り返った。
俺はそのまま走った。

「……どうしたんですか。」

「探した。」

「なぜですか。」

「言いたいことあったから。」

「何ですか。」

凛が俺を見た。

走ったせいで、息が少し切れていた。
でも、言うことはもう決まっていた。

「俺、お前のこと好きだわ。」

凛は数秒だけ、俺を見つめた。

少しくらい驚くと思っていた。
もしかしたら、照れたりするかもしれない。
そんなことを考えていた。

だけど。

凛は、いつもの無表情で言った。

「そうですか。私は好きではありません。」

「……え?」



一瞬、意味が分からなかった。

「今、振った?」

「はい。」

「俺を?」

「他に誰がいるんですか。」

「…………。」

振られた。
俺が。
好きだと言った女の子に。

しかも、ほとんど迷いなく。

「……マジ?」

「はい。」

それまでの俺なら。

合わなかった。
じゃあ、次。

それで終わっていた。

なのに。
目の前の凛を見ても、離れようとは思わなかった。

むしろ。

「じゃあさ。」

「何ですか。」

「どうしたら俺のこと好きになる?」

凛が黙った。

その日初めて、少しだけ困った顔をした。

「……知りません。」

「そっか。」

分からないなら、仕方ない。
俺にも分からなかった。

誰かを好きになったのだって、初めてだった。

だから。
これから考えればいい。

どうしたら、凛ちゃんが俺を好きになるのか。

俺はこのとき、初めて知った。

好きだと言えば、相手も好きになってくれるとは限らないらしい。

――俺の初恋は、告白したその日に振られた。