夢では幸せになりましょう

ある日、私はふと思った。

私は彼を忘れたことなんて、一度もなかった。

一緒に買ったものも捨てられなかった。

写真も消せなかった。

別の人と付き合っても、好きになれなかった。

全部、理由は同じだった。

私はずっと、彼が好きだった。

そして彼もまた、不器用な言葉の中に、未来を置いてくれた。

「俺、結婚したいんだよなぁ」

それは、正式なプロポーズではなかった。

「俺と結婚してください」なんて、彼が言うわけがない。

でも、私には十分だった。

むしろ、その言い方が彼らしかった。

結婚したい。

その隣に私がいる。

それだけで、十分伝わった。

そして、何度か一緒に過ごすうちに、彼はある日、私の家の前で言った。

「なあ」

「ん?」

「……ちゃんと付き合う?」

私は笑った。

「今さら?」

「今さら」

「結婚したいんじゃなかったの?」

そう言うと、彼は少しだけ照れて、

「だから、その前にちゃんとしようと思って」

と言った。

私は嬉しくて、彼の腕に抱きついた。

「うん」

その日から、私たちはちゃんと恋人になった。

そして、それからしばらく経ったある夜。

彼は相変わらず不器用に、

「なあ」

とだけ言った。

「なに?」

「前に言ったじゃん」

「何を?」

「結婚したいって」

「うん」

彼は少し黙ってから、私の手を取った。

「……俺と結婚しよう」

今度は、ちゃんと言った。

私は笑いながら泣いた。

「遅いよ」

「何が?」

「一年」

彼は少し笑って、

「長かったな」

と言った。

私は彼の手を握り返した。

一年間、会えなかったこと。

突然消えたこと。

忘れようとしたこと。

別の人と付き合ったこと。

それでも好きになれなかったこと。

捨てられなかったものも、消せなかった写真も。

全部、今につながっている。

あの頃は、終わったと思っていた。

もう二度と会えないと思っていた。

でも人生は、ときどき不思議なことをする。

忘れたつもりになった人が、もう一度、自分の前に現れる。

そして今度は、昔みたいに何も決まっていない関係じゃない。

ちゃんと手を握ってくれる。

ちゃんと隣にいてくれる。

ちゃんと未来の話をしてくれる。

あの日、包み紙の端に書かれていた、

「俺、結婚したいんだよなぁ」

という一言。

あれは、彼なりの不器用な始まりだった。

そして私は、今度こそ彼の隣で笑っていた。

もう、忘れなくていい。

写真も消さなくていい。

一緒に買ったものも、捨てなくていい。

だってそれらはもう、終わった恋の残骸じゃない。

二人がもう一度出会うまでの、長い長い前置きだったのだから。